日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤシ」の意味・わかりやすい解説
ヤシ
やし / 椰子
palm
[学] Arecaceae
Palmae
ヤシ科植物の総称。ココヤシ亜科、アレカヤシ亜科、トウ亜科など11亜科29族(連)に分けられる。APG分類でもヤシ科とされ、6亜科190属に分けられる。
[佐竹利彦 2019年5月21日]
分類・分布
ココヤシ亜科は約660種、アレカ亜科はヤシ全体の半数約1400種、トウ亜科は約700種で、この3グループはヤシの大部分を含める大群族である。原産は南はニュージーランド、北はヨーロッパにかけて南緯・北緯ともほぼ40度、分布は南緯43度、北緯47度に拡大し、全世界の熱帯、亜熱帯、温帯に自生し、緯度は海流、海抜、気象などの条件で一定しない。生育気温は零下10℃程度が最低である。ヤシの種類は中南米にもっとも多く、ブラジルが最大で、全品種3300余種のほぼ半数は南北アメリカ大陸に発生している。自生帯は水中、海浜、砂漠、高山などさまざまである。土質は弱酸性が多く、サンゴ礁や乾燥帯にはアルカリ性の産地もある。
[佐竹利彦 2019年5月21日]
形態
ヤシは単子葉植物中もっとも発達した高等植物で、円柱状の幹茎の頂部に葉柄のある繊維質の葉脈が流線形の葉冠を形成しているスマートな容姿がヤシ独特の魅力的美観といえよう。果樹とか材料として利用される2、3の品種を除く3000余種のほとんどは装飾とか観光とか環境の美化に用いられ、葉冠の姿態が評価される。この意味において、ヤシは園芸的には観葉植物とみるべきである。
[佐竹利彦 2019年5月21日]
幹
幹は普通上方に伸びるが、枝を分岐するものは少ない。単立または分株叢生(そうせい)する。幹が地上に出ない種類もある。高さ30センチメートルから100メートル、径は2ミリメートルから1.5メートルと大小の差が著しい。葉は頂生管束である葉脈が網目にならず、葉片方向に平行しているのが原則であり、かならず葉柄があるのがユリ科などとは異なる点である。
[佐竹利彦 2019年5月21日]
葉
葉形は大別すると、掌状葉と羽状葉である。前者は葉柄が着葉部で中絶し、後者は上端部から中軸になって葉体中に伸びたものである。両者は基本構造においては同一で、単に小葉片が葉柄の着葉部に圧縮されたように集積したのが掌状葉で、伸長した中軸の両側に小葉片が羽状に多散配列したのが羽状葉である。小葉の形状には披針(ひしん)形と切頭(せっとう)形(歯形)があるが、後者の種子の周面は複数の溝のあるものが多い。小葉片にはV字形(内向鑷合(じょうごう)状、たとえばフェニックス、クジャクヤシ、シュロ)とΛ字形(外向鑷合状、たとえばココヤシ、アレカヤシ、テングヤシ)があり、葉芽時においてすでにV、Λいずれかに重合している。幹、葉、葉柄などに鋭刺のあるのは動物に対する保護器官である。葉の色は緑、灰、白色などがあり、若葉時には枯色でのちに緑色になるものがあるのは保護色の意味もある。ヤシの葉は幹を中心軸として幹の円周に派出伸長するが、単位の葉が幹の全周にわたり120~180度の範囲に次々とずれて旋回状をなして発生する。その角度は個体の品種固有の度数である。旋回方向には左右があり、その方向は葉の様態で観測できる。幹を軸とする回転の逆方向になびき、やや傾いて湾曲する。その旋回方向が右回り、左回りの方向を示している。120度と180度は円周が3分の1と2分の1に割り切れる特殊角なので、120度のものは幹軸の円周を3等分して葉柄が3列に垂直に条列をなして着生し、180度のものは葉柄が2列に垂直の条列状に幹軸の両側に平面的なひだ状をなして着生する。種子の幼芽の細胞分裂時に、左右いずれかに定まるものと考えられる。
[佐竹利彦 2019年5月21日]
花
花は品種によって両性花、雄花、雌花、中性花など、あらゆる性別があるが、いずれも包葉内で成長した肉穂花の花柄が開いて穂状をなすこと、花弁、萼(がく)、雄しべ、子房、柱頭の数が3の倍数であるのが特徴である。雄しべは3~150本の範囲で種類が多く、6本以上のものには3で割り切れない花も混じっている。アンデス山系のヤシには雄しべも花弁も不定数の例外(アメリカゾウゲヤシ)がある。雄花に不稔(ふねん)性の雌しべのあるもの、雌花に無精(無葯(やく))の雄しべのあるものが多い。これは両性花の痕跡(こんせき)器官で、単性花が両性花に誤認されやすい。単性花で雌花と雄花が同一花軸にあるものでは、中央に雌花、その両側に1個ずつの雄花がついて3個1組の集合花になっている例が多く、花軸の先端に向かっては雄花だけが数珠(じゅず)状に列をなしてつき、包葉が割れて内蔵の花序が枝状に開くとまもなく雄花が全開し早期に落花するものと、長期間つぼみのまま閉じているものもある。いずれも雄花が散ってから雌花が開くのが普通であるが、すでに雌花の柱頭では受精が終わっている。つぼみのまま閉じたものの場合は雄花の開花までに雌花の成長が進行する。雄花は総じて小さく1~12ミリメートル程度。ヤシの性別は花だけでなく個体としての株自体にも性別があり、両性花も雌雄同株に限らず、雌雄異株に両性花のある例(シュロ)は多い。単性花でも雌花に葯のない無精の雄しべがついたものがあり、雄花でも不稔性の雌しべがあって一見両性花に似た花があるが、ともに痕跡器官になっている。同属異種の交配性には有無の2種があり、たとえばフェニックスは交配しやすく、ワシントンヤシ、ホエア、トックリヤシなどはほとんど交配しない。
花弁の色は白、黄白、桃、黄、黄緑、緑、青、紫、桃紫、褐色などじみである。花序には花柄が小枝に分岐するものと、枝のない鞭(むち)状のものとがあり、1花序に1本だけのものがある。雌雄同株でも雌雄別々の花序を発生する例(アフリカアブラヤシ、ニッパヤシ)もある。同一花序でも花軸によって両性化、雄花、雌花を別々に着生するものもある。
[佐竹利彦 2019年5月21日]
果実
果実は房状に着生する例が普通で、開花と結実が間断なく連続するものと、年1回のもの、一生に1回のものがある。果実の構造は被子植物として種皮と果皮からなり、種皮は仁(じん)と種皮からなる。種皮は外種皮と内種皮からなり、木質か厚膜組織のものが多く、果皮は外果皮、中果皮、内果皮(核)からなり、内果皮は木角質の厚いものになり、種皮と区別のないものもある。普通は内果皮を種子と通称する。仁は胚(はい)と胚乳からなり、胚は子葉、幼芽、幼根からなり、胚が内種皮に内接し、種皮と内果皮に珠孔がある。中果皮には糖分を含むものがあり、種子にはタンパク質、糖分、油脂が含まれている。
[佐竹利彦 2019年5月21日]
利用
熱帯民族の生活にはヤシは密接な関係がある。中近東では6000年前からナツメヤシの糖分の多い果肉(中果皮)が食料として利用され、現代でも菓子、果糖、アルコールなどの用途に供される。ココヤシやアフリカアブラヤシなどの胚乳から多量の良質な油脂(コプラ)が得られ、工業用、せっけん、マーガリンなどに利用される。また数種のサトウヤシ類からは、花柄に切り傷をつけ、切り口から出る樹液を煮つめ、乾燥して糖蜜(とうみつ)、砂糖を得る。量の多少はあるが、ヤシ全般に砂糖を含み、採集法さえ案出できれば、量的にはサトウキビの及ばないほどである。
[佐竹利彦 2019年5月21日]
工業原料としてはブラジルロウヤシやグレナダロウヤシなどの葉からロウ、サゴヤシの幹からでんぷん、ラフィアヤシの羽片やオウギヤシの葉柄から繊維、トウからは籐(とう)、キリンケツ(麒麟血)の樹脂から赤色のニスや染料がとれる。キャベツヤシ、アメリカパルミット、オウギヤシの芯葉(しんよう)はブラジルなどでは生鮮野菜であり、缶詰にもされる。サラッカヤシ、トウ、オウギヤシなどの実は果物として生食される。ボタンヤシ、アメリカゾウゲヤシ、ブラジルゾウゲヤシの固い胚乳(はいにゅう)からはボタンが製造された。クジャクヤシの種子をイスラム教徒は数珠(じゅず)に使う。ニッパヤシ、ココヤシ、オウギヤシをはじめとする葉は屋根材、壁材、団扇(うちわ)、帽子、籠(かご)、紙の代用、工芸品など利用は広い。
熱帯では観賞用に幹の美しいダイオウヤシ、アレカヤシ、トックリヤシや葉柄の赤いショウジョウヤシ、ベニウチワヤシをはじめ多数のヤシが使われる。日本でも暖地ではカナリーヤシやワシントンヤシが並木や庭園樹にされる。シュロ、シュロチク、カンノンチクはさらに耐寒性がある。
[湯浅浩史 2019年5月21日]
民俗
熱帯地域の人々と密接な関係にあるヤシは、コプラからもわかるように栄養価が非常に高く、飢饉(ききん)の際にはヤシだけでも飢えをしのげるといわれる。タミール(スリランカ)の詩には、810ものロンターヤシの使用法があげられているが、その葉だけでも屋根を葺(ふ)いたり、編んでさまざまな容器をつくったり、タバコの葉を巻くなど、いろいろに利用される。「ベテル・チューイング」といって、喫煙とよく似た習慣が熱帯地域に広く分布しているが、これはビンロウジの実とキンマの葉を石灰といっしょにかむもので、口臭を除き、一種の覚醒(かくせい)効果が得られるという。ココヤシ、ロンターヤシ、アレカヤシなどからは、やし酒もつくられる。
サンスクリット文字は最初ロンターヤシの葉に筆記されたといわれ、インドネシアのバリ島には、ロンターヤシの葉に筆記された膨大な儀礼のテキストが残されている。まっすぐに伸びたロンターヤシの幹は、『ラーマーヤナ』(古代インドのサンスクリット大叙事詩)のなかでは力と威風の象徴に例えられ、また東インドネシアのフロレス島中部では、ココヤシの実が豊饒(ほうじょう)と安全の象徴とされている。
[中川 敏 2019年5月21日]