モンゴル音楽(読み)モンゴルおんがく

改訂新版 世界大百科事典 「モンゴル音楽」の意味・わかりやすい解説

モンゴル音楽 (モンゴルおんがく)

一般的には,モンゴルならびに中華人民共和国の内モンゴル(蒙古)自治区に居住するモンゴル族の音楽を,モンゴル音楽と称する。しかし,モンゴル族の音楽を意味する場合,そのモンゴル族が居住する地域は,上記のほかロシアのバイカル湖周辺,中国における新疆ウイグル(維吾爾)自治区,四川省をはじめとして,きわめて地域は広く,そのため音楽的変容も多い。さらに,アフガニスタンハザーラ族をはじめモンゴル語系諸民族を含めると,現在の音楽状況にだけ視点を当てても,さまざまな変化を示している。しかし,これらの周辺モンゴル語系諸族の音楽を除くと,モンゴル族の音楽は,比較的共通する要素が多い。

 元代においてチベット大乗仏教いわゆるラマ教が国教とされて以来,宗教儀礼の音楽は,土俗的シャーマンなどの音楽を除いて,ラマ教音楽に集約されるが,それぞれ独立あるいは解放後,ラマ教儀礼音楽は衰退の一途をたどり,その歴史的伝承はほとんど途絶した。だが近年,中国の内モンゴル自治区をはじめラマ教寺院の復興とともに,儀礼音楽も一部で再興されつつある。

 モンゴル族の楽器は,歴史的には元代を頂点として,アラブ・イラン系および中国系の楽器が継承され,ラバーブタンブール琵琶などのリュート系の楽器をはじめ数多くの記録がみられる。しかし,現在は,もっとも著名な弓奏の馬頭琴をはじめ,弦鳴楽器ではリュート系3弦のシャンズ,撥弦のヤターグ,打弦の洋(揚)琴などが使用されている。膜鳴楽器である太鼓類は,大小,呼称など地域による変化は大きいが,大型両面太鼓のヘンゲレック,片面ケトル・ドラム(なべ型太鼓)系のダール,締太鼓系ブンブルが一般的である。気鳴楽器ではダブル・リートのトンブレ,横笛リンベ,体鳴楽器としてはシンバルのザング,口琴のアマンフールなどの使用が多い。一方,モンゴルでは旧ソ連邦を経由した西洋音楽の諸楽器,中国内では,解放後改良された楽器を含めて,中国の合奏楽器が使用される場合も多い。

 モンゴル族のもっとも典型的な音楽は,声による音楽といえよう。ゲザルをはじめ長大な叙事詩,無数の自然,歴史,信仰,愛情などを歌った抒情詩などの豊かな伝承を背景とした歌の系譜は広く,深い。モンゴル国では,これらの歌をオルティンドーと呼ぶ長い歌と,ボゲンドーという短い歌に区分する場合もある。その技法はメリスマ的な自由リズム唱法と,拍節的なリズムを明確にきざむ唱法に区分して考えられる。その他,声の特殊な技法として裏声,さらにはホーミーと呼ばれるきわめて高音の発声低音の響きを同時に使用する声の技法も伝承されている。これらの伝統的音楽とともに,西洋音楽の系統によるベル・カント(唱法)などの技法の声楽をはじめ器楽演奏,さらにはオペラやバレエの音楽などもまた今日のモンゴル音楽の一翼を担っているといえよう。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「モンゴル音楽」の意味・わかりやすい解説

モンゴル音楽
モンゴルおんがく

アジアの中央部,ゴビ砂漠を中心に東西に広がるモンゴル人の居住地の音楽。紀元前の匈奴時代ののち,外モンゴルはトルコ系のウイグル族の居住地となり,それ以来,イスラム系の音楽も入った。元代には,文化指導をイスラム人に受けたので,その影響を受け (大型の胡弓の馬頭琴はアラビアのラバーブの変形) ,一方,明清服属時代には内モンゴルに南隣の中国音楽が多く入った。しかしモンゴル人は,7音音階のイスラム音楽とは違い,5音音階であるが中国の典型的な5音音階 (ドレミソラ) とも違う,おそらく古い伝承と思われる様式をもった民謡を今日まで伝承している。馬頭琴の伴奏による自由リズムの歌をウルチン・ド (「長い歌」の意) といい,あたかも日本の馬子唄,追分唄のような歌である。そのうえ,持続低音のうえで,ファルセット (裏声) も交えてのみごとな男声ソロが流れる合唱もある。民謡の典型的なものには,ボギノ・ドー (「短い歌」の意) などもあり,楽器には,馬頭琴 (モリン・フールともいう) のほかに6孔をもつ横笛 (リンブ) ,洋琴や三弦系統のシャンズなどもある。したがって,モンゴル音楽は,中国音楽ともチベット音楽とも違う,一つの独立の音楽文化圏をなすとみるべきである。

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