メランコリー(英語表記)melancholy

翻訳|melancholy

精選版 日本国語大辞典 「メランコリー」の意味・読み・例文・類語

メランコリー

〘名〙 (melancholy)
① 特別な理由もなく気分が重苦しくふさぐこと。また、その状態。憂鬱。憂愁。メランコリア
小春(1900)〈国木田独歩〉五「自分は一種の哀情(メランコリー)を催し」
※安吾のゐる風景(1956)〈石川淳〉「病名はメランコリイと、主治医の某氏からきかされた」

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デジタル大辞泉 「メランコリー」の意味・読み・例文・類語

メランコリー(melancholy)

気がふさぐこと。憂鬱ゆううつ
鬱病うつびょう
[類語]沈鬱憂愁憂鬱気鬱気塞ぎ鬱鬱陰鬱暗鬱鬱屈鬱結鬱気鬱悶鬱積抑鬱憂さ鬱陶しい

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改訂新版 世界大百科事典 「メランコリー」の意味・わかりやすい解説

メランコリー
melancholy

人間の基本的な感情の一種で,日本語でいえば〈憂鬱(ゆううつ)〉または〈悲哀〉にあたる。もとは古代ギリシア・ローマで医学用語として使われたのが始まりで,この伝統は二千数百年後の今日も精神医学の分野でなお受け継がれており,その限りでは〈うつ病〉というふうに意味がせばまり,〈憂うつ〉とも書く。ギリシア語のメライナmelainaまたはメランmelan(黒い)とコレcholē(胆汁)の合成からなることでもわかるように,体液のなかで黒胆汁が過剰になるのがこの病で,ギリシア語ではメランコリアmelancholiaと呼ばれた。他方,陰鬱で無気力で動きののろい人間のタイプもあって,その場合には黒胆汁が4種の体液のうちいつも優位を占めているとみなされ,この種の気質は〈黒胆汁的(メランコリコスmelancholikos)〉という形容詞で呼ばれた。したがって,メランコリーという概念は,憂鬱の病とその基底によこたわる憂鬱の気質という二つの局面を合わせもち,ヒッポクラテスの時代にもきれいに使い分けられていた形跡はない。いずれにせよ,メランコリーはその非生産性のゆえに精神遅滞とならんで一番早く精神の病として疎外され,また,気質としてもその陰気さや不活発さのため四気質のなかでもっとも卑しく価値の低いものとみなされた。中世では新たな説明原理として占星術が加わり,たとえばアルナルドゥス・デ・ウィラノウァは,火星の色と熱が胆汁の色と熱に近いところから,メランコリーの原因がこの惑星にあると考えたが,土星に関係があるという説も根強かった。

 メランコリーがしかし歴史の脚光をあびるのはルネサンス期に入ってからで,たとえばドイツの画家デューラーは1514年に有翼の女性の沈思の姿をかりて銅版画《メレンコリア・Ⅰ》を描き,同時代のミケランジェロメディチ家の廟を《ペンセローソ(沈思の人)》で飾り,1世紀後のミルトンも同名の詩をつくってメランコリーを賛美する。さらに,1621年に出た牧師R.バートン《メランコリーの解剖学(憂鬱の解剖)》は当時のベストセラーの一つだったと伝えられる。このように,メランコリーが哲学や芸術と結びつけられて人気を博すことになったのは,イタリアのフィレンツェに興った新プラトン主義の影響によるものとされる。新プラトン主義は当地の哲学者M.フィチーノによって大成された思想だが,彼はその《人生の書Liber vita》のなかで〈知識人はなぜメランコリアになるか〉を論じ,芸術の霊感源であるあのプラトンの〈神的狂気〉を黒胆汁の作用と結びつけた。このようにして〈哲学でも,政治でも,また詩や芸術でも,真に傑出した人物はみなメランコリアである〉という公理が成立し,天才性とメランコリーとの関係は当時の思想家や芸術家のあいだで広く受け入れられていく。こうした考えが人口に膾炙(かいしや)するにつれてメランコリーの概念がますます広まっていったのは当然で,そのため,精神医学が近代医学の一分野として整備される19世紀に入ると,しだいにメランコリーの語は医書から姿を消し,かわって〈デプレッションdepression〉という用語が登場するようになる。しかし,メランコリーは医学の分野でこそ影がうすくなったものの,近代人の〈暗く物憂い気分〉をあらわすのにぴったりの言葉として欧米の日常語のなかに定着し,むしろ〈黒胆汁病〉としての古い由来はすっかり忘れられてしまっている。

 日本では〈憂鬱〉や〈悲哀〉など,メランコリーの内容に相当する感情ないし気分をあらわす言葉が多く,その意味では日本の文化は〈メランコリーの文化〉とみなすことも可能なほどだが,明治以前にはこれらを狭義の病としてとらえた資料はなく,〈癲癇狂〉という江戸時代に完成した精神症候論にも〈うつ病〉や〈うつ状態〉は含まれていない。ヨーロッパ語としてのメランコリーがいつ日本に初めて伝えられたかははっきりしないが,江戸期の蘭方医がこれを仲介していることは確かである。たとえばゴルテルJohannes de Gorter(1689-1762)の内科書(1744)を宇田川玄随が邦訳した《西説内科撰要》全18巻(1793-1810)には,メランコリアを漢字に当てた〈黙朗格里亜〉の用語が,その意訳である〈胆液敗黒病〉とともに現れており,ついで,小森桃塢(とうう)(玄良)(1782-1843)らによって〈鬱証〉〈鬱愁〉〈鬱狂〉などの訳語が提出されたあと,おなじく小森の編集になる《泰西方鑑》全5巻(1827)にいたり,ようやく〈鬱憂病〉の語が〈メランコリア〉のルビをつけて登場する。こうしてヨーロッパ的なメランコリーが,日本的な〈気鬱〉と結びつくわけだが,既述のとおり,前者が古代ギリシア・ローマ医学の体液病理学から発しているのに対し,後者は東洋医学に支配的な〈気〉の病理学に由来しており,この病理学上の差はメランコリーと日本的〈鬱〉との症候論上のちがいをも導いている。医学分野以外の日常語の範囲でメランコリーの語がそのまま広く使われているのは欧米の場合と似ており,そこには〈憂鬱〉や〈悲哀〉に親和性をもつ日本人のメンタリティがうかがえる。しかし,近時の若者たちのあいだでは〈ネクラ〉などの言葉のほうが愛好され,メランコリーという響きに含まれるロマンティックでソフトなニュアンスはようやく昔のものになりつつある。
気質 →躁うつ病
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「メランコリー」の意味・わかりやすい解説

メランコリー
めらんこりー
Melancholie ドイツ語

うつ病の古語。古代ギリシアのヒポクラテスが唱えた体液学説(血液、リンパ液、黄胆汁、黒胆汁の基本的体液の調和を健康の源と考える説)に基づくもので、恐怖や苦悩が長く続くのは黒胆汁(メランコリック)の過剰によるとし、これをメランコリーとよんだ。近代精神医学の基礎をつくったクレペリンは当初、50歳以後に出現する抑うつ状態をメランコリーとよんだが、最後には、そううつ病(双極性障害)の抑うつ期をいうようになった。

[高橋 良]

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百科事典マイペディア 「メランコリー」の意味・わかりやすい解説

メランコリー

(1)melancholy 気がふさぐことで,悲哀感と意欲の減退を主徴とする精神状態をいう。(2)melancholia 憂鬱(ゆううつ)症。強い抑鬱・悲哀感を示す病的状態。鬱病と同義に用いられる。

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デジタル大辞泉プラス 「メランコリー」の解説

メランコリー

日本のポピュラー音楽。歌は女性歌手、梓みちよ。1976年発売。作詞:喜多條忠、作曲:吉田拓郎。

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世界大百科事典(旧版)内のメランコリーの言及

【体液】より

…中国や日本など東洋の医学で,昔から気や風の変化から疾患を〈病む気〉,つまり〈病気〉として説明してきたのとはきわめて対照的で,こうした体液病理学による医学的思考は,ルネサンス以後に解剖学が進歩して器官の病理学(固体病理学)と入れかわるまで,ヨーロッパで支配的だった。 古代ギリシア・ローマでヒッポクラテスやガレノスらにより取り上げられるのは,粘液phlegm,血液blood,黒胆汁melancholy(black bile),胆汁(黄胆汁choler,yellow bile)という4種の体液であり,これらの平衡と調和を保つことが健康の条件で,ある体液に過剰,不足,移動などが起これば,心身の変調や病態が生じると考えられた。例えば,癲癇(てんかん)の発作は,冷たい粘液が突然脈管内に流れ込んで血液を冷却,停滞させる場合に起こるが,粘液流が多量で濃厚なときには,血液を凝結させるから,直ちに死を招く。…

【体液】より

…しかし,20歳を越すと,脈管には豊富な血液が充満するから,粘液の流入が生じにくく,したがって,発作はまれにしか起こらなくなるとされた(ヒッポクラテス《神聖病論》)。また,今日の鬱病(うつびよう)にあたるメランコリアmelancholiaが体内の黒胆汁の過剰から起こり,その名も,ギリシア語のメランmelas(黒い)+コレcholē(胆汁)に由来することなどはよく知られている(メランコリー)。体液は,そのどれが優勢であるかによって,個人の心的特性を類型化する基準にもなり,ここから有名な四つの気質,すなわち,粘液質,血液質(または多血質),黒胆汁質,胆汁質ができあがった。…

【バートン】より

…オックスフォード大学を出て牧師となったが,彼の名声は奇書《憂鬱(ゆううつ)の解剖》(1621)による。〈憂鬱(メランコリー)〉とは,当時(ルネサンス末期)の時代病のようなもので,今日の〈ノイローゼ〉や〈心身症〉と似て,日常会話のレベルで話題にされていた。ハムレットの性格造形もこの風潮にもとづいているといわれる。…

※「メランコリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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