ムンダ(読み)むんだ(英語表記)Munda

日本大百科全書(ニッポニカ)「ムンダ」の解説

ムンダ
むんだ
Munda

インド指定部族のうち第6位の人口約200万人(1995)を有する人々。ビハール州南部のラーンチを中心に西ベンガルとオリッサの3州にまたがって分布し、定住して陸稲、雑穀を栽培し、また棚田(たなだ)をつくり去勢牛を使役して耕作する。ラーンチを中心に非ムンダの商業活動が盛んで、村落内での非農業的活動に従事する非ムンダもみられる。「ムンダ」は19世紀初めのイギリス人官吏の命名で、本来は各村落の支配的家系の祖先を意味する。住民はムンダ語系のムンダリ語を用い、自身をホーロコとよぶ。1940年以降ホー、サンタル両民族とともに民族主義運動が盛んである。ミッション教育を受けた「ビルサ・ムンダ」が居住地域からの非ムンダ締め出しを目的として起こした1890年代の対英反乱の後を受けて施行された「1908年土地法」は現在のムンダ社会に大きな影響を与えた。それ以前からあった共同墓地(サガン)をもつ支配家系に土地占有権を集中させ、他の住民を小作人とし、土地の売買を禁じたのは、近代法の理念には逆行したが民族学的知識に基づく立法が成功した好例で、以後伝統的制度が保存された。通婚規制上いとこ婚を避ける点、通婚禁止範囲が双系的な点で、それぞれ南北両インドのヒンドゥー社会と異なる。共同墓地、社森(サルナ)、広場(アカラ)のある村落を集合的に支配する小首長がいた地域があり、復古主義的氏族会議もある。宗教上では太陽神崇拝、二段階の葬制、ドルメン様の共同墓地が特徴的だった。19世紀からキリスト教宣教師の影響が強く、軍隊への参加、茶園への季節労働が、早い時期から近代化を進行させ、識字率も高い。

[佐々木明]

『山田隆治著『ムンダ族の農耕文化複合』(1969・風間書房)』

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百科事典マイペディア「ムンダ」の解説

ムンダ

インドの東部チョタ・ナーグプル高原・西ベンガルを中心に,その周辺にも散在する人びと。指定部族の一つで,ヒンドゥー教のほかキリスト教も浸透近隣サンタル人とともに,独立州を求めるジャールカンド運動中核となっている。言語ムンダ諸語のムンダ語。

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