ミラー(Henry Miller)(読み)みらー(英語表記)Henry Miller

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ミラー(Henry Miller)
みらー
Henry Miller
(1891―1980)

アメリカの小説家。12月26日ニューヨーク州ヨークビルに生まれ、ブルックリンで育った。ニューヨーク市立大学を中退後、国内を放浪、1917年、26歳のときビートリス・ウィケンズと結婚、1920年から1924年までウェスタン・ユニオン電信会社の雇用主任を勤めた。しかし、1923年、彼に大きな影響を与えることになるジューンスミスと出会い、ビートリスと離婚したあとジューンと結婚、定職にはつかないまま、貧困と闘いつつ、創作修業に励んだ。国籍離脱者の「失われた世代(ロスト・ジェネレーション)」たちが本国帰還を行っていた1930年、パリに出かけて行き、『北回帰線』(フランス1934、アメリカ1961)の出版によって作家としての地歩を築く。1939年帰国、1942年からは、ビッグ・サーなどカリフォルニア州から終生離れることなく、1967年には日本人のジャズ・ピアニスト徳田浩子(ホキ徳田)を五度目の妻に迎えて日本への関心を深めたが、1980年6月7日没した。その作品は、ラブレー的な語りに作家自身の情感信念、感覚をちりばめた本質的に自伝的なもので、強烈な個人主義、自由や自然な衝動への愛、人間普遍の衝動を阻害するすべてのものに対する嫌悪、知的神秘的な冒険の追求、機械文明の非人間化の圧力に対する呪詛(じゅそ)などで一貫している。

 なかでももっとも有名な小説『北回帰線』は、パリでのボヘミアン生活を超現実主義、平板な現実主義的手法による挿話、作者自身の印象、観想の列挙などで描いたもので、その根底には「何よりわいせつなのは無気力である」という主張があふれている。さらに超現実主義的な色彩を濃くした文体で、二度目の妻ジューン・スミスとの熱烈な恋愛、その愛による自己の精神的な蘇生(そせい)を描いたのが『南回帰線』(1939)である。『セクサス』(1949)、『プレクサス』(1953)、『ネクサス』前編(1960)からなる『薔薇色の十字架』三部作は、もっと平易な、一部小説風、一部エッセイ風の文体で、『南回帰線』と同時期の作家の愛の生活を語ったもの。これらはその大胆な性描写のためアメリカでは発禁となったが、1965年に至って禁が解かれた。これら自伝小説のほか、旅行記『マルーシの巨像』(1941)、『冷房装置の悪夢』(1945)、『追憶への追憶』(1947)、あるいはエッセイ集『心情の英智(えいち)』(1941)などにおいて、非人間化と自然な情動の発露の阻止と人間疎外を強いる現代文明を批判罵倒(ばとう)し、真の個性の形成と新しい生命の源を追求している。また水彩画家としてもよく知られ、画集も出版されている。

[筒井正明]

『大久保康雄他訳『ヘンリー・ミラー全集』全13巻(1965~1971・新潮社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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