マンデビル(英語表記)John Mandeville

改訂新版 世界大百科事典 「マンデビル」の意味・わかりやすい解説

マンデビル
John Mandeville
生没年:?-1372?

中世旅行記古典東方旅行記》の筆者と目されているイギリス貴族旅行家。同書ではみずからアフリカからアジアを遍歴した大旅行家と名のっているが,実際に東方を旅した経験がないことは著述内容から明白である。彼の生涯については,ベルギーリエージュにあった墓碑のほか信頼できる資料が少ない。その墓碑銘によれば,彼はイングランド生れの開業医であり,全世界を旅して回ったのち同地で没したという。また一部には彼を虚構の人物とする説もある。しかし19世紀後半に発見されたリエージュの公証人ドゥートルミューズJean d'Outremeuseの手記には,イングランドで身分の高い者を殺害したため逃亡してきたド・ブルゴーニュJean de Bourgogneなる老人が1372年に臨終を迎えたとき,自分の本名はジョン・マンデビルだと告白したことが記されている。

 《東方旅行記》は著者が1332年にイギリスを船出し世界各地を旅したのち,34年後の66年に完成させたとされる書物で,元来はフランス語で書かれたらしい。現存する最古のフランス語写本は71年に作成されたもので,原題も単に《ジャン・ド・マンドビルの書》となっていたようだが,15世紀以降の英訳本に従って一般に《マンデビル航海記》と呼ばれ,邦訳は《東方旅行記》の題名が使われている。内容は2部に分かれ,第1部は聖地巡礼紀行,第2部は驚異に満ちた東洋諸邦めぐりになっているが,ほとんどは他の書物からの抜書きや流用で構成されている。その主要な典拠は,聖地関係がドイツのドミニコ会士ボルデンゼーレのウィルヘルムWilhelm von Boldensele,東洋関係がオドリクヘトゥムの東方旅行記などである。プレスター・ジョン伝説や東洋の怪物についての記述をはじめ,中国,チベット,蒙古に及ぶ奇想天外な地誌が含まれ,大航海時代が到来するまで幻想的な東洋観を普及させる最大の源泉の一つであった。また1530年ころリヨンで出た奇書《インド宝石誌》もマンデビルの著作といわれる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マンデビル」の意味・わかりやすい解説

マンデビル
Mandeville, Bernard de

[生]1670.11. ロッテルダム
[没]1733.1.21. ロンドン
イギリスで活躍したオランダの医師,モラリスト,哲学者。 1691年ライデン大学で医学博士号を取り開業したが,まもなく英語を学ぶために渡英,定住した。彼の名声を決定的にした著作『蜂の寓話』 The Fable of the Bees,or Private Vices,Public Benefits (1714) の論旨は,副題にあるように,人は悪徳を非難するが文明の安楽を生み出すのは悪徳にほかならないという主張にある。極端な厳格主義の立場をとり,完全な無私の行為のみを美徳とし,恩恵の有効性を無視し,G.バークリーや F.ハチソンらの反論を招いた。ほかに『宗教,教会,自然の幸福についての自由思想』 Free Thoughts on Religion,the Church and Natural Happiness (1720) などの著作がある。

マンデビル
Mandeville, Sir John

14世紀中頃のイギリスの医師,旅行家。フランドルの医師ジャン・ド・ブルゴーニュがマンデビルと称したともいわれる。 1322~56年東洋各地を旅行したと称し,アフリカやインド,中国に関する,多くは荒唐無稽の習俗を含む旅行記をフランス語で著わした。各国語に翻訳され,広く読まれたが実際はオデリコなどの著書を材料とした偽りの旅行記にすぎない。

マンデビル
Mandeville

西インド諸島西部,ジャマイカ中部の都市。首都キングストンの西約 70kmにある。標高約 630mの山中にあり,気候に恵まれ,保養地として知られる。人口約1万 5000。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「マンデビル」の意味・わかりやすい解説

マンデビル
まんでびる
Bernard Mandeville
(1670―1733)

イギリスの医師、モラリスト。オランダに生まれ、のちイギリスに帰化した。彼をもっとも有名にした著書『蜂(はち)の寓話(ぐうわ)、または個人の悪徳は社会の利益』(1714)において、彼は当時の道徳を厳しく批判した。すなわち、伝統的なキリスト教的道徳は社会を単純にし、活力を失わせ、衰退させる。逆に個人の欲望に根ざす悪徳こそが社会全体の利益になると説く。この説は道徳の現世化という18世紀の思想的主題の提示であり、ヒューム、アダム・スミス、ベンサム、ボルテール、モンテスキューらに影響を及ぼした。しかし同時代においても、バークリー、ハチソンらによる激しい反論があり、この書は18世紀においてつねに論争の種になった。しかし利他的行為をそれを行う個人の心の満足から説明する点などでは、シャフツベリ伯、ハチソンなどと同じく道徳感覚学派に彼を数えることもできる。

[小池英光 2015年7月21日]

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百科事典マイペディア 「マンデビル」の意味・わかりやすい解説

マンデビル

オランダ出身の英国の医者,思想家。自由放任主義功利主義の先駆と言うべき〈個人の悪徳は社会の利益〉という思想を表明した《蜂の寓話》(1714年)の作者として知られる。

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デジタル大辞泉プラス 「マンデビル」の解説

マンデビル

2012年イギリス、ロンドンで開催のパラリンピックの公式マスコット。

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世界大百科事典(旧版)内のマンデビルの言及

【怪物】より

…また3~4世紀のアレクサンドリアでは,アリストテレスの著作などを流用した教訓的な動物誌〈フュシオロゴスPhysiologos〉が成立しており,怪物の記述を多数含んだ文献としてプリニウスとともに〈中世動物寓意譚(ベスティアリ)〉の主要な源泉となった。ここで一角獣や人魚についての基本的な記述はほぼ定まり,13世紀のトマ・ド・カンタンプレThomas de Cantinpréの《万象論》,14世紀のマンデビルJ.Mandevilleの《東方旅行記》などの中世文芸を通じて怪物誌が広く一般に浸透することになる。また中国の《山海経(せんがいきよう)》は,東洋における怪物記述の宝庫であり,形天と呼ばれるブレミュアエと酷似する奇形人種などが論じられている。…

【ウパス】より

…【堀田 満】
[毒についての伝承]
 毒のなる木や毒を吐く木に関する伝承は,中世以来旅行者の談話や紀行文を通じてヨーロッパに知られていた。たとえばマンデビルの《東方旅行記》には,ユダヤ人がこの毒を使ってキリスト教徒を皆殺しにしようとした話も語られている。これらはいずれもウパスの誇張された伝承と思われる。…

【怪物】より

…また3~4世紀のアレクサンドリアでは,アリストテレスの著作などを流用した教訓的な動物誌〈フュシオロゴスPhysiologos〉が成立しており,怪物の記述を多数含んだ文献としてプリニウスとともに〈中世動物寓意譚(ベスティアリ)〉の主要な源泉となった。ここで一角獣や人魚についての基本的な記述はほぼ定まり,13世紀のトマ・ド・カンタンプレThomas de Cantinpréの《万象論》,14世紀のマンデビルJ.Mandevilleの《東方旅行記》などの中世文芸を通じて怪物誌が広く一般に浸透することになる。また中国の《山海経(せんがいきよう)》は,東洋における怪物記述の宝庫であり,形天と呼ばれるブレミュアエと酷似する奇形人種などが論じられている。…

【博物学】より

…当時は〈自然に飛躍なし〉とか〈陸上と海中との完全対応〉といった教義が有力で,例えば人魚は人間と魚のあいだの飛躍(ギャップ)を埋めるものとしても,また陸の人間に対応する海中の人間としても,実在しなければならぬ動物と考えられた。トマ・ド・カンタンプレThomas de Cantimpré(13世紀)の《万象論》,J.マンデビルの《東方旅行記》などがこの時代の怪物誌を代表する。 しかしルネサンスを境に博物学書は質的に大転換を遂げる。…

※「マンデビル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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