マルケビチ

百科事典マイペディア 「マルケビチ」の意味・わかりやすい解説

マルケビチ

ウクライナ出身の指揮者作曲家。キエフ(当時ロシア領)に生まれ2歳で両親とともに亡命スイスで幼少時代を送る。ほぼ独学でピアノと作曲を修得したのち1925年パリに出,ピアノをコルトー,作曲をブーランジェらに師事ディアギレフの依頼による《ピアノ協奏曲》(1929年),《コンチェルト・グロッソ》(1930年),声楽管弦楽のための《失楽園》(1934年−1935年)などを作曲。1930年アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を振って指揮活動に転じ,1934年−1935年シェルヘンに指揮法を学ぶ。以後モントリオール交響楽団ラムルー管弦楽団などの指揮者を歴任,古典派からストラビンスキーなどの同時代作品に至る幅広いレパートリーに明晰(めいせき)な解釈を示したが,その才能に比して生涯ポストには恵まれなかった。第2次大戦中イタリア国籍を,1982年フランス国籍を取得。1960年に初来日。→ドミンゴハスキル

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

改訂新版 世界大百科事典 「マルケビチ」の意味・わかりやすい解説

マルケビチ
Igor Markevich
生没年:1912-83

ロシア出身の指揮者,作曲家。パリで音楽教育を受け,まず作曲家としてデビュー。1930年アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮して指揮者としての活動を始めた。44年〈フィレンツェの五月音楽祭〉の音楽監督。その後,ストックホルムモントリオールの管弦楽団,パリのラムルー管弦楽団などの指揮者。48-56年ザルツブルクのモーツァルテウムで指揮の指導も行った。20世紀音楽に深い理解を示し,ストラビンスキーなどの演奏においてみせる力強いリズム感には定評があった。また60年より日本フィルハーモニー交響楽団の指揮者も務めた。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「マルケビチ」の解説

マルケビチ Markevich, Igor

1912-1983 ロシア出身の作曲家,指揮者。
1912年7月27日キエフ生まれ。フランスでまなび,はじめ作曲家として活動。第二次大戦中にイタリアにうつる。ストックホルム交響楽団,モントリオール交響楽団,ラムルー管弦楽団などの指揮者を歴任した。初来日は昭和35年で,日本フィルを指揮。43年同フィル名誉指揮者となる。1983年3月7日死去。70歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android