マイケル・サンデル(読み)まいける・さんでる(英語表記)Michael J. Sandel

知恵蔵 「マイケル・サンデル」の解説

マイケル・サンデル

米国の政治哲学者。コミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的論客として知られる。1953年、ミネソタ州ミネアポリス生まれ。ユダヤ系のブランダイス大学を卒業後、オックスフォード大学で博士号を取得した。帰国後の80年から、ハーバード大学で哲学講座「Justice(正義)」を担当し、88年に同大・政治学教授となる。2002~05年には、大統領生命倫理評議会の委員を務めた。妻は沖縄生まれ(日本人ではない)の社会学者キク・アダットである。
大教室で行われる授業「Justice(正義)」は、これまで延べ1万4千人の学生が履修。授業のあまりの人気ぶりに、同大は一般公開に踏み切り、09年にはその様子が全米に放送されている。10年4~6月には日本でも「ハーバード白熱教室」(NHK)のタイトルで放送され、巧みな対話術で学生たちを「モラル探索の旅」に誘うサンデル教授講義は、これまで哲学に関心が薄かった若者やビジネスマンも魅了した。近著『これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学』(早川書房)は、哲学書としては異例の40万部を超えるベストセラーになっている。
サンデルが最初に注目を浴びたのは、1982年の著作『自由主義と正義の限界』である。自由・正義(公平)と共同体の関係を思想の表舞台に戻したJ.ロールズ『正義論』(71年)のリベラリズムを、共同体の伝統や価値を重んじる立場から厳しく批判し、さらにR.ノージックに代表されるリバタリアン(自由至上主義者)、同じコミュニタリアンのA.マッキンタイアやM.ウォルツァーとともに、アメリカ思想会に活発な論議を引き起こした。サンデルは、ロールズの反功利主義的な考えに共感を示しながらも、福祉国家的「再分配」を前提にした自由の絶対性を重んじるリベラリズムの個人観を、共同体の暗黙規範や倫理的義務を無視した「負荷なき自我」として退ける。個人は独立して完結できるものではなく、家族・地域・教会などの共同体と無縁に存在することはできないという。その後もサンドルの思想には大きな変化はなく、こうした「多層的に状況付けられた自己」としての覚醒(かくせい)を促すとともに、個人と個人を結びつける健全な共同体の復権を静かに説く。

(大迫秀樹  フリー編集者 / 2010年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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