ボールドウィン(James Baldwin、作家)(読み)ぼーるどうぃん(英語表記)James Baldwin

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ボールドウィン(James Baldwin、作家)
ぼーるどうぃん
James Baldwin
(1924―1987)

アメリカの黒人作家。ニューヨークのハーレムに生まれる。14歳のとき義父と同じ説教師になるが、17歳で教会を飛び出し、給仕、労働者などの職を転々としながら文学に専念する。1948年パリに渡り、約8年半滞在、これまで「抗議」の枠内に局限されていた黒人文学に新たな局面を開いた自伝的処女作『山に登りて告げよ』(1953)を発表し、一躍注目を浴びた。次作『ジョバンニの部屋』(1956)では、黒人の世界から離れ、フランスを舞台に、アメリカ青年とイタリア青年の同性愛を通じて、純粋な愛情、深刻な罪意識、他者に対する責任の問題を追求した。この主題をさらに複雑な形で展開したのが第三作『もう一つの国』(1962)である。

 1968年に発表された長編汽車はいつ出ましたか』は、心臓病の発作で倒れた黒人俳優病床に横たわりながら、奴隷制に苦しんだ先祖、自分の両親や兄、黒人に対する白人の差別と偏見、劇団仲間との異常な性愛関係などを回想する夢幻的な作品。そのあと、寃罪(えんざい)で獄中にいる黒人青年と彼の子を宿した黒人娘とのロメオとジュリエット風の純愛物語『ビール街に口あらば』(1974)を書いたが、世評は概して芳しくなかった。第六作目の長編『私の頭のすぐ上に』(1979)は、39歳の若さで急死したゴスペル・シンガーの弟を悼んで、そのマネージャーを務めた7歳年上の兄が、弟との関係を軸に、2人を取り巻く人たちや事件を、朝鮮戦争公民権運動などの歴史的背景を織り込みながら回想してゆく約30年間にわたる物語である。これまでしばしば繰り返されたテーマ、宗教、人種問題、同性愛などをすべて取り込み、この作家としては野心的な600ページに近い大作であるが、構成、内容が短編ソニーブルース』(1957)と『汽車はいつ出ましたか』とをつき混ぜたような作品であって、新鮮味に乏しい。

 ともあれ、ボールドウィンが小説のなかで、黒人の特殊な体験を、現代人が直面している危機的運命と重ね合わせることによって、黒人文学に普遍的な意味を与えたことは特筆に値する。こうした所論を含め、黒人のアイデンティティや白人のメンタリティを追求したのが『アメリカの息子のノート』(1955)、『誰(だれ)も私の名を知らない』(1961)、『次は火だ』(1963)など一連の評論集である。彼の関心が純粋な個人的主題から出発し、しだいに社会的主題へと展開してゆく傾向は、評論にも小説にも共通している。『巷(ちまた)に名もなく』(1972)は、1960年代の公民権運動や黒人運動の指導者たちとのかかわりを記録した内省的な手記。このほかに、戯曲『白人へのブルース』(1964)、短編集『出会いの前夜』(1965)、映画論『悪魔が映画をつくった』(1976)などがある。

[関口 功]

『山田宏一訳『悪魔が映画をつくった』(1977・時事通信社)』『佐藤秀樹訳『アメリカの息子のノート』(1969・せりか書房)』『橋本福夫訳『巷に名もなく』(1975・平凡社)』『黒川欣央訳『次は火だ』(1968・弘文堂)』『武藤脩二・北山克彦訳『出会いの前夜』(1967・太陽社)』『ファーン・マージャ・エックマン著、関口功訳『ジェームズ・ボールドウィンの怒りの遍歴』(1970・冨山房)』『エドワード・マーゴリーズ著、大井浩二訳『アメリカの息子たち』(1971・研究社叢書)』『ハワード・ハーパー著、渥美昭夫・井上謙治訳『絶望からの文学』(1969・荒地出版社)』

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