ベーダ(インドの聖典)(読み)べーだ(英語表記)Veda

翻訳|Veda

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベーダ(インドの聖典)」の意味・わかりやすい解説

ベーダ(インドの聖典)
べーだ
Veda

インド最古の聖典。この語そのものは「知識」を意味する。この聖典は、天賦の詩的才能をもった詩人たちが、神の啓示を感得して、その詩的洞察力によってつくったとされる。その意味でシュルティすなわち天啓(てんけい)文学とよばれ、思想家などの著した文献であるスムリティすなわち聖伝文学に対比される。

 ベーダの内容は祭祀(さいし)を前提とする。したがってそれは祭祀を実行するバラモンの祭官にかかわる。ベーダには『リグ・ベーダ』『サーマ・ベーダ』『ヤジュル・ベーダ』『アタルバ・ベーダ』の4種があり、一定の祭官に属している。ベーダの第一にあげられるものは『リグ・ベーダ』であり、賛歌を詠唱して神々を勧請(かんじょう)するホートリ祭官をはじめとするバフリチャ祭官に属する。このベーダはこの祭官が行う祭祀上の事柄を記している。第二にあげられる『サーマ・ベーダ』は、メロディにのせて賛歌を詠唱するウドガートリ祭官以下のチャンドーガ祭官に属する。第三のものは『ヤジュル・ベーダ』とよばれて、祭祀でもっとも活躍するアドバリユ祭官に属する。第四の『アタルバ・ベーダ』は呪術(じゅじゅつ)的な内容をもち、ベーダ聖典には含められなかったが、のちに加えられてブラフマン祭官所属とされた。

 以上の4種のベーダは、一般にそれぞれ四つの部分から構成されている。その第一はサンヒター(本集(ほんじゅう))とよばれ、賛歌、歌詠、祭祀、呪句(じゅく)などの集成部分である。第二の部分はブラーフマナ(祭儀書)とよばれ、祭祀の説明部分であり、原則として散文で書かれる。これは、祭祀の賛歌などを解説するアルタバーダ(釈義)と、祭祀上の祭官などの行為を記したビディ儀軌(ぎき))からなる。第三の部分はアーラニヤカ(森林書)とよばれ、森などでひそかに伝授される秘説を記す。第四の部分ウパニシャッド(奥義書(おくぎしょ))は「ベーダの末尾」の意味でベーダーンタとよばれ、当時の神秘的な思想を記している。なお第二から第四までの部分はときに独立せずに、互いに混じていることもある。また『ヤジュル・ベーダ』には、サンヒター部分にブラーフマナが混入した「黒ヤジュル・ベーダ」と、両者が分離した「白ヤジュル・ベーダ」があり、前者は後者より古い。

 成立年代は『リグ・ベーダ』のサンヒターがもっとも古く、紀元前1200年ごろを中心とし、ついでウパニシャッドが概して新しく、前500年を中心としている。その祭祀は『シュラウタ・スートラ』(天啓経)、『グリヒヤ・スートラ』(家庭経)などの『カルパ・スートラ』(祭事経)に記され、ベーダの理解に密接な関係をもつ。ベーダの宗教は多神教であり、思想的には一元論の傾向が顕著である。その思想は後世の正統バラモン系統の哲学派の母胎となり、またその豊富な説話は後世の文学などの諸文化の基礎となった。言語は古典サンスクリット語よりいっそう古い。

[松濤誠達]

ベーダの補助学

ベーダの研究を補助するものとしては一般に6種を数える。すなわちベーダの発声法に基づくシクシャー(音声学)、賛歌などの韻律を考察するチャンダス(韻律学)、ビヤーカラナ(文法学)、ニルクタ(語源学)、ジョーティシャ(天文学)、祭祀の研究であるカルパ(祭事学)がそれであり、多数の文献がある。

[松濤誠達]

『辻直四郎著『インド文明の曙』(岩波新書)』『M・ビンテルニッツ著、中野義照訳『ヴェーダの文学』(1964・日本印度学会)』『辻直四郎訳『リグ・ヴェーダ讃歌』『アタルヴァ・ヴェーダ讃歌』(岩波文庫)』『辻直四郎著『ヴェーダ学論集』(1977・岩波書店)』『岩本裕・田中於莵彌・原実編『辻直四郎著作集Ⅰ・Ⅱ』(1982・法蔵館)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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