ベーコン(Francis Bacon、哲学者)(読み)べーこん(英語表記)Francis Bacon

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ベーコン(Francis Bacon、哲学者)
べーこん
Francis Bacon
(1561―1626)

イギリスの哲学者。ルネサンス期後の近代哲学、とくにイギリス古典経験論の創始者。ロンドンで国璽尚書(こくじしょうしょ)を父とする名門に生まれ、ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに学ぶ。フランスに留学。帰国後エリザベス1世女王下に国会議員となる。さらにジェームズ1世のもとで司法長官、ついで父と同じ栄職につき、「ベルラムの男爵」「オールバンズの子爵」となったが、汚職のため失脚晩年失意のうちに研究と著述専念、ハイゲイトに没した。

 過渡期・近世初期の思想家、そして経験主義者の宿命として、ベーコンにはケプラーの成果に対する無知、合理的・計量的手段としての数学への無配慮、演繹(えんえき)に対する誤った評価、天動説を奉じてアリストテレス的思考法を脱しえなかったことなどの点で旧思想の影響がみられる。しかし、彼の基本的な意図はスコラ哲学の不備・欠陥を批判し、新たな経験論的方法を発見し提唱することにあった。彼はのちのヒュームやカントらの範となった『学問の大革新』全6部の執筆を構想し、その計画を大規模に展開するはずであったが、実現されたのは3部で、とくに第1部の『学問の進歩』(1605)、第2部の『ノウム・オルガヌム』(1620)が重要である。前者でベーコンは記憶・想像・理性という、人間の精神能力の区分に応じて学問を歴史・詩学・哲学に分け、さらに哲学を神学と自然哲学とに分かったが、彼の貢献と最大の関心は自然哲学の分野にあり、帰納法、科学方法論の提唱にあった。『ノウム・オルガヌム』で彼はまず、人間の知性真理への接近を妨げる偏見として、四つのイドラidola(偶像または幻影)をあげる。第一は、自己の偏見にあう事例に心が動かされる、人類に共通の種族の偶像、第二は、いわば洞窟(どうくつ)に閉じ込められ広い世界をみないために個人の性向、役割、偏った教育などから生じる洞窟の偶像、第三は、舞台上の手品・虚構に迷わされるように、伝統的な権威や誤った論証、哲学説に惑わされる場合の劇場の偶像、第四は、市場での不用意な言語のやりとりから生じる市場の偶像である。

 彼は、このような偏見を一掃し、知識の拡大に役だたない演繹的三段論法ではなく、実験と観察に基づく帰納的方法を重視する。「知は力なり」「自然はそれに従うことによってのみ征服できる」などの彼のことばから知られるように、彼の目的は人間による自然の支配の方法の確立である。それは多数の事例を集めて表や目録をつくり、事象の本質を把握する方法である。ベーコンのいう本質は依然中世的「形相」の考え方から脱却しておらず、自然法則の意味を明確にしていないし、数学への無理解から自然中の普遍的法則を量的関係としてとらえる手段を持ち合わさない点で、上記の試論は不十分であったが、近代科学の方法の重要な一面を確実に強調している。

 ベーコンの実践哲学は、彼の文筆の才を示す『随筆集』(1597)で非体系的に述べられているにすぎない。しかし、利己的衝動のほかに愛という至高の徳による人間全体への配慮の存在を認め、後者による実践的活動の重要性を説く点で、彼は後のイギリスに固有の社会的・実践的・功利主義的倫理の傾向を示唆している。著書としてほかに、『学問の進歩と権威』(1623)、『ニュー・アトランティス』(1624)、『森また森』(1627)などがある。

[杖下隆英 2015年7月21日]

『渡辺義雄訳『ベーコン随筆集』(岩波文庫)』

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