ベーオウルフ(英語表記)Beowulf

翻訳|Beowulf

精選版 日本国語大辞典 「ベーオウルフ」の意味・読み・例文・類語

ベーオウルフ

(Beowulf) イギリス叙事詩作者未詳。八世紀前半に成立したとされる。スカンジナビア伝説にもとづき、デンマーク王の甥のベーオウルフが宮廷を荒す食人鬼や、火を吐く龍と戦い王位についたのち、怪物の毒気のために命を落とすまでの武勇を描く。

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デジタル大辞泉 「ベーオウルフ」の意味・読み・例文・類語

ベーオウルフ(Beowulf)

英国最古英雄叙事詩。8世紀以降の成立。勇士ベーオウルフの妖怪・火竜との戦いと死を頭韻形式でうたう。作者未詳。

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改訂新版 世界大百科事典 「ベーオウルフ」の意味・わかりやすい解説

ベーオウルフ
Beowulf

中世イギリスの,古英語による叙事詩。約3000行から成り,8世紀前半に創作されたと推定されるが,作者は不明。現存する写本は一つで,大英博物館に所蔵されている。ゲルマン民族の英雄叙事詩の中で,完全に保存された作品としては最古のものであり,壮大なスケールをもつ。スカンジナビア(デンマーク)の口碑伝説に題材をとり,それを歴史的事実の舞台の上で展開し,想像力と歴史のみごとな結合を示す。物語の筋立ては,怪物グレンデルの12年間にわたる襲来に苦しむデネ(デンマーク)の王フローズガルを救うために,ゲーアタスの国の若武者ベーオウルフが渡来し,怪物とその母親を退治する第1部と,その後,ゲーアタスの王となったベーオウルフが,50年間善政を行ったのち,国土を荒らしまわる火竜を討ちとる第2部の,二つの部分から成る。話の進行中にさまざまな〈脱線〉が挿入され,スカンジナビアの歴史上の事件,アングル人の伝説,キリスト教の聖書物語などが語られる。怪物退治といい,竜退治といい,いずれもスカンジナビアの口碑伝説に題材を得たものではあるが,注目すべきことは,《ベーオウルフ》という作品自体が,けっして異教ゲルマン人の世界の文化伝統や価値観をそのまま表現したものではなく,明らかに,これをキリスト教的倫理によって修正し,キリスト教との調和をはかろうとする意図が作者にあった,という点である。例えば,怪物グレンデルとその母親をカインの末裔に仕立てたり,また,ベーオウルフの竜退治を,臣下・国民を救うための英雄的行為として動機づけている点など,中世スカンジナビアの挿話には見られない配慮がうかがわれる。第2部に描かれた尚武と寛仁とを重んずるベーオウルフの像は,ゲルマン武人社会における君主の理想像であると同時に,それは救い主イエス・キリストの像と象徴的に重なり合う。ここにも作者のキリスト教詩人としての思想がよく現れているといえよう。
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百科事典マイペディア 「ベーオウルフ」の意味・わかりやすい解説

ベーオウルフ

古代英国の叙事詩。8世紀前半の作とされ作者不詳。2部に分かれ第1部は食人鬼グレンデルとその母を英雄ベーオウルフが退治する話。第2部は50年後,王となったベーオウルフが火を吐く竜を退治し,自分も死ぬ話。北欧の伝説を素材として,理想的武士像やキリスト教的善悪観が描かれている。
→関連項目アングロ・サクソン語英雄叙事詩

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ベーオウルフ」の意味・わかりやすい解説

ベーオウルフ
Beowulf

古英語で書かれた最大の叙事詩。頭韻体 3182行から成る。6世紀初頭のデンマークに起った歴史的事件と北欧伝説が融合したもので,6世紀の中頃デンマーク人の侵略者によってイギリスに伝えられ,キリスト教的要素が加えられて,8世紀頃に一人の詩人 (おそらくイギリス在住のデンマーク人の聖職者) によってノーサンブリアの方言で書かれた。現存する唯一の写本は 1000年頃のもの。第1部は若き英雄ベーオウルフがデンマークの宮殿を荒す食人鬼グレンデルを倒す話。第2部はすでに 50年間王位にある老ベーオウルフが,国を荒す竜を退治してみずからも命を落す話。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ベーオウルフ」の解説

『ベーオウルフ』
Beowulf

8世紀頃,イングランドで古英語で書かれた英雄叙事詩。現存する最古のもので作者は不明。北欧のゲルマン世界に題材をとり,異教とキリスト教の調和が図られている点に特色があり,ゲルマン社会における従士制のあり方を示す史料的な価値もある。

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世界大百科事典(旧版)内のベーオウルフの言及

【アングロ・サクソン人】より

…宗教も他のゲルマン諸族と共通の自然崇拝的多神教で,ウォードゥン(主神,軍神,商業の神),ズーノル(雷神),フリッグ(結婚・家庭の神)などの諸神を信仰の対象とした。8世紀ころ成文化されたといわれるその最古の長編叙事詩《ベーオウルフ》には,現実感覚にすぐれ,沈鬱,重厚,運命を甘受する初期の雄渾な民族精神がよくあらわれている。彼らは6世紀末にローマ教皇グレゴリウス1世の派遣した修道士アウグスティヌスによってキリスト教に改宗し,それとともに西ヨーロッパのラテン的文化圏に編入されるにいたった。…

【イギリス文学】より


[発生]
 ヨーロッパ大陸北部地方からブリテン島に移動したアングル族,サクソン族は,彼らの言語(現在のドイツ語と同起源のアングロ・サクソン語)と,感性と,生活をこの島に持ってきた。古英語(アングロ・サクソン語)の叙事詩《ベーオウルフ》(7~8世紀)は,北方の沼と霧と,怪物と,英雄の復讐を歌って,暗い荒野をはう地ふぶきの響きが聴きとれる。だが11世紀後半には早くも次の大きな変化が起こった。…

【腕】より

…ゲルマン神話の軍神スール(ティール)は狼フェンリルをだまして鎖に縛るため,腕を怪狼の口中に入れ,かみ切られて片腕にされた。古代英詩《ベーオウルフ》に,英雄ベーオウルフが怪物グレンデルの腕を切り落として高い屋根に掲げたが,死んだグレンデルの復讐のために母親が城館を襲う話があり,《太平記》や能《羅生門》の渡辺綱の鬼退治の話に一脈通じるところがある。【池沢 康郎】。…

【海】より

…ジグムントは死んだシンフィエトリを,渡し守に変装したオーディンに引き渡し,彼はその死者を海を渡って運んで行った。《ベーオウルフ》の死せるスクルドは,宝物を積んだ舟に乗せられ,北欧神話のバルドルの死体は海浜の舟の上で火葬されたのである。フランスの民間信仰でも,死者の行くところは地中の海とされている。…

【詩】より

… 中世に入ると,キリスト教化しつつヨーロッパに定着したゲルマン系の諸民族が,それぞれの伝承をもとに,神話的もしくは英雄的な叙事詩を生み出した。古いものでは8世紀ごろ成立したイギリスの《ベーオウルフ》があり,北欧の〈エッダ〉と〈サガ〉,ドイツの《ニーベルンゲンの歌》などのゲルマン色の濃いものや,おそらくケルト系のアーサー王伝説群,それに,キリスト教徒の武勲詩の性格をもつフランスの《ローランの歌》,スペインの《わがシッドの歌》などが,いずれも12,13世紀ごろまでに成立する。抒情詩としては12世紀ごろから南仏で活動したトルバドゥールと呼ばれる詩人たちの恋愛歌や物語歌がジョングルールという芸人たちによって歌われ,北仏のトルベール,ドイツのミンネゼンガーなどに伝わって,貴族階級による優雅な宮廷抒情詩の流れを生むが,他方には舞踏歌,牧歌,お針歌などの形で奔放な生活感情を歌った民衆歌謡の流れがあり,これがリュトブフ(13世紀)の嘆き節を経て,中世最後の詩人といわれるフランソア・ビヨン(15世紀)につらなる。…

【つめ(爪)】より

…緑色になるグリーンづめは緑色の色素をだす緑膿菌の感染症,厚く肥厚し黄色く見えるのは,四肢の慢性リンパ浮腫によるつめの発育遅延による。【松尾 聿朗】
[つめの文化史]
 古代英語詩《ベーオウルフ》には,怪物グレンデルの腕をベーオウルフが切り落として高い屋根に掲げておくくだりで,そのつめは鋼鉄のようだったと述べている。腕を切られて死んだグレンデルの復讐(ふくしゆう)のために母親が城館を襲う筋書は,《太平記》や能《羅生門》の渡辺綱(わたなべのつな)による鬼退治の話に通ずるものがあるが,渡辺綱は名刀鬼切を用いて〈毛ノ黒ク生(おい)タル手ノ,指三(みつ)有テ爪ノ鉤(かがまり)タルヲ,二ノ腕ヨリカケズ切テゾ落シケル〉という(《太平記》巻三十二)。…

※「ベーオウルフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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