日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ベック(Henry Becque)
べっく
Henry Becque
(1837―1899)
フランスの劇作家。家が貧しく、高等中学校卒業後転々と職をかえながらオペラの台本や通俗喜劇を書いた。1870年社会劇『ミッシェル・ポーペ』がようやく日の目をみたが、翌年発表した『誘拐』とともに認められず、その後は演劇記者を勤め、やっと『梭(おさ)』(1878)と『堅気の女』(1880)で成功。かねてコメディ・フランセーズに提出してあった『からすの群』が採用されたのは1882年である。突然夫に先だたれた小工場の未亡人とその3人の娘が、死体に群がるからすのように冷酷な債権者らの餌食(えじき)になる惨状を、古典劇と同じ簡潔な台詞(せりふ)でありのままに描いたこの作品の真実性は、実生活にはあっても当時の因襲的な演劇にはみられぬものと、上演もそうそうに打ち切られた。85年初演の『パリの女』は、のちに自由劇場のアントアーヌがこの作にふさわしい雰囲気を醸し出して上演し、『からすの群』とともにベックは写実主義演劇の祖となる評価を後世に残した。しかしベックは貧困と病苦の63年の生涯を、孤独な慈善病院で終えた。
[本庄桂輔]
『小田切照訳『群鴉』(『世界戯曲全集 第33巻』所収・1930・近代社)』▽『堀口大学訳『巴里女』(『近代劇全集 第14巻』所収・1929・第一書房)』