日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベクトル」の意味・わかりやすい解説
ベクトル
べくとる
vector
大きさだけでなく、方向と向きをもつ量。変位、力、速度、電場、磁場などはその例で、物理学で扱う量のなかには、このほかにもベクトルとして示される量は少なくない。これに対して、長さ、時間、質量、熱量などのように単位と数値だけで決まる量をスカラー(量)という。
たとえば、次のように平面上の二つの場合を考えてみる。〔1〕至る所で風力3の東風が吹いている。〔2〕どこからでもよいからある人が北方4キロメートル離れた地点まで移動する( の(1))。この二つの場合では、ともに方向と大きさという二つの要素だけで内容を完全に述べることができる。このように平面上で方向と大きさで規定される量を平面ベクトルという。平面を空間に置き換えれば、空間ベクトルが定義できる。以下記述を簡単にするために、平面ベクトルを単にベクトルとよび、これについて述べるが、空間ベクトルに対してもとくに補足がない限り同様である。
[高木亮一]
ベクトルを表す記号
ベクトルを表す記号としてはa, b, c,……とか,
,
,……とかを用いることが多い。ベクトルは次のように有向線分を用いて具体的に図示することができる( の(2))。平面上の任意の2点A、Bに対し、AからBに向かう矢印を有向線分といい、
,と書く。Aを始点、Bを終点という。これは方向と大きさ
をもっているから、一つのベクトルaを表している。ところが、ベクトルは方向と大きさだけをもつ量であり、いいかえれば、同じ方向と同じ大きさをもつ二つのベクトルは同一であるから、向きと長さが等しい二つの有向線分はすべて同一のベクトルaを表していることになる。そのうちの任意の一つ
がベクトルaを代表しているとみなして、a=
と書き表す。このように一つのベクトルを表す有向線分はたくさんあるが、そのうち、与えられた点を始点とするものはただ一つである。とくにA=Bのときも、
を有向線分と考えて、これが表すベクトルをゼロベクトルといい、0と書く。また線分ABの長さをaの大きさ、または長さ、または絶対値といい、|a|と書く。
[高木亮一]
ベクトルとベクトルの和と差、ベクトルと実数との積
二つのベクトルa、bに対して、,b=
と表すとき、有向線分
の表すベクトルcをaとbの和ベクトルまたは合成ベクトルといい、c=a+bと書く。これは、b=
とも表すとき、OCが平行四辺形OACBの対角線になっていることを意味している(平行四辺形の法則)。
ベクトルaと実数λに対して、λが正またはゼロのときはaと同方向を、そして負のときはaと逆方向をもち、大きさがaの大きさの|λ|倍であるようなベクトルをaのスカラー倍といい、λaと書く。aと向きが逆でaと同じ大きさをもつベクトルをaの逆ベクトルといい、-aと書く。ベクトルa、b、cについては次の関係が成り立つ。
(1) a+b=b+a
(2) (a+b)+c=a+(b+c)
(3) a+0=a
(4) a+(-a)=0
(5) k(a+b)=ka+kb
(kはスカラー)
(6) k(la)=(kl)a
(k,lはスカラー)
(7) 1a=a
一つのベクトルaに対して、aおよびこれを表す有向線分の始点を組みにして考えたものを束縛ベクトルという。物理学で、力のベクトルとそれが作用する点を同時に考えるのはその例である。これと区別するために普通のベクトルa自身を自由ベクトルという。平面に原点Oを定めると、平面の任意の点Aに対して、有向線分の表すベクトルが定まるが、これをAの位置ベクトルという。このようにして、点Oを定めると、平面の点と位置ベクトルが一対一に対応するので、この意味において平面をベクトルの集合とみなすのが普通である。なお、大きさが一のベクトルを単位ベクトルという。
二つのベクトルe1、e2のどちらも他方のスカラー倍になっていないとき、これらを基本ベクトルという(空間においては、ベクトルe1、e2、e3が同一の平面に含まれる3本の有向線分によって表されないとき、これらを基本ベクトルという)。たとえば、直交座標軸に平行な二つの(空間では三つの)単位ベクトルは基本ベクトルである( の(4))。e1、e2(空間ではe1、e2、e3となるが、以下空間については省略する)が基本ベクトルのとき、任意のベクトルaはただ1通りの方法で
a=a1e1+a2e2
と表すことができる。(a1,a2)をe1、e2に関する成分という。このように、基本ベクトルを一つ定めておけばベクトルaをその成分(a1,a2)で表示できるので、a=(a1,a2)とも書く。この表示法でベクトルの和とスカラー倍を書くと、簡単に、
(a1,a2)+(b1,b2)
=(a1+b1,a2+b2)
k(a1,a2)=(ka1,ka2)
となる。
[高木亮一]