ヘラクレス(ギリシア神話の英雄)(読み)へらくれす(英語表記)Herakles

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ヘラクレス(ギリシア神話の英雄)
へらくれす
Herakles

ギリシア神話中最大の英雄。ペルセウスの玄孫。アルクメネは、夫アムフィトリオンに化けたゼウスを受け入れた次の日、遠征から戻った本当の夫を迎えて、神の子ヘラクレスと人の子イフィクレスの双子の母となる。ゼウスは彼女の産が近づいたとき、今日生まれるペルセウスの子孫アルゴリスの支配者となると宣言したが、それを知ったゼウスの妻ヘラは双子の誕生を遅らせ、もう1人のペルセウスの子孫でまだ7か月のエウリステウスを先に世に出した。このため、ヘラクレスは後年エウリステウスに臣従することになる。誕生後まもなくヘラが二匹の蛇を揺り籠(かご)に放ったが、ヘラクレスは両手でそれを絞め殺した。また彼は、18歳のときキタイロン山の獅子(しし)を退治して、その皮を胴着に、獅子頭(がしら)を兜(かぶと)にしたが、このほかにヘルメスからは剣、アポロンからは弓矢ヘファイストスからは黄金の胸当て、アテネからは長衣をもらって武具とした。

 やがてテバイテーベ)を敵国より救い、その功によって王女メガラを与えられて3子をもうけるが、ヘラに正気を失わさせられたヘラクレスは、わが子らを火中に投じて惨殺する。そしてその罪を浄(きよ)められたのちに神託をうかがうと、エウリステウスに12年間仕え、課せられる12の難業を果たせば不死となろう、といわれた。その内容は普通、次のようなものとされる。(1)ネメアの不死身の獅子退治。彼はこれを記念してネメア競技会を、また別の機会にはオリンピア競技会を創始する。(2)レルネのヒドラ(水蛇)退治。殺したヒドラの胆汁で毒矢をつくった。(3)アルテミスの聖なる鹿(しか)の生け捕り。(4)エリマントス山の猪(いのしし)の捕縛。(5)3000頭の牛を飼いながら30年間掃除されたことのなかったアウゲイアスの家畜小屋を、1日できれいにすること。(6)スティムファロス湖の猛禽(もうきん)退治。(7)クレタの狂い牛の生け捕り。(8)ディオメデスの人食い馬の捕捉(ほそく)。(9)アマゾンの女王ヒッポリテの帯の獲得。(10)西の果ての島に住むゲリオンの牛の奪取。このとき、地の果てまで到達した記念として、ジブラルタル海峡を挟むスペイン側とアフリカ側の山に「ヘラクレスの柱」を立てた。(11)ヘスペリデスの園から黄金のリンゴを盗み出すこと。このおり彼は、アトラスにかわってしばらく天を支えた。(12)地獄の番犬ケルベロスを地上に連れ出すこと。冥界(めいかい)で彼はメレアグロスの亡霊に会い、その妹デイアネイラと結婚する約束をする。

 彼はエウリステウスへの奉仕から解放されたのちも、さらに数々の遠征や戦闘に加わった。英雄たちを集めてトロイア(トロヤ)に遠征し(有名なトロヤ戦争より昔のもの)、ピロスを攻略し、フレグライにおける神々と巨人族ギガンテスとの闘いでは、神々を助けて勝利をもたらした。また彼は、12の難業や遠征の途中たくさんのパレルガ(副次的事業)を果たした。キクノス、アンタイオス、ケルコプスたち、リカオンらの怪人野盗の類を退治し、盟友アドメトスの身代りとして死んでいったその妻アルケスティスを冥界から連れ帰り、コーカサスで磔(はりつけ)にされたプロメテウスの肝臓をついばむ大鷲(おおわし)を射落としたりもした。

 のちにヘラクレスはカリドンに赴き、アケロオス河神とデイアネイラを争うが、勝って彼女を妻にする。帰国の途中、ケンタウロス(半人半馬族)のネッソスが妻を犯そうとしたので、ヘラクレスは彼を射殺すが、そのとき瀕死(ひんし)のネッソスがデイアネイラに、将来夫の愛がほかの女へ移るようなときにはこれを使うとよいといって自分の血を与える。のちにヘラクレスがオイカリアを攻め、美しい王女イオレを捕虜として連れ帰ることを知った彼女は、夫の愛がそちらに移ることを恐れて、ネッソスの血を塗った衣装を迎えの使者に持たせ、夫のもとへ送る。ヘラクレスがそれを身につけるや血は毒性を発揮し、そのため彼の肌は焼け、肉はただれ落ちた。この結果を知った妻デイアネイラは自殺し、なかば不死のヘラクレスは火葬壇に身を横たえるが、薪(まき)に火がつけられると同時に雷雲が降下し、ゼウスが彼を天上にあげた。彼はそこでヘラと和解し、ヘラの娘ヘベ(青春)と結婚して神の列に加わった。

 ヘラクレスの子供はおびただしい数に上る。歴史時代のギリシア各地の王家が、自らヘラクレスの子孫と名のったばかりでなく、北方の遊牧民スキタイの王族や、小アジアのリディア王家さえもヘラクレスの後裔(こうえい)とする伝説がつくられた。彼を扱った劇では、ソフォクレスの『トラキスの女たち』、エウリピデスの『ヘラクレスの子供たち』『狂えるヘラクレス』などが現存する。

[中務哲郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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