プール(水泳場)(読み)ぷーる(英語表記)pool

翻訳|pool

日本大百科全書(ニッポニカ) 「プール(水泳場)」の意味・わかりやすい解説

プール(水泳場)
ぷーる
pool

水泳を行う目的で設けられた人工的な水泳場のこと。水泳は、一般の遊びとしての遊泳と、競技とに分けられる。遊泳は一定の型式のない自由な活動であり、対応するプールには徒渉流水、造波、スライダー、遊泳とさまざまなものがつくられている。競技用には、50メートル、25メートルの競泳用プールや、高飛込(たかとびこみ)(10メートル、7.5メートル、5メートル)、飛板飛込(とびいたとびこみ)(3メートル、1メートル)競技用の飛込プール、そして実際にはこれらと共用して使われることの多い水球競技用やアーティスティックスイミングシンクロナイズドスイミング)用などがある。そのほか、潜水プールや、健康増進・治療などを主目的とした医療用プールなどもある。

 歴史的には、水泳はかなり古くから行われ、古代エジプト時代、そして古代ギリシア、古代ローマ時代にも競技型式にまではいたらなかったが行われていた。中世には、騎士教養としてや戦争訓練として水泳が行われ、そのための公的施設もつくられていた。水泳がスポーツとして活発になるのは19世紀初めで、イギリスがその中心であった。その後、近代オリンピックの歩みとともに発展した。第1回アテネ大会(1896)では、プールがなくて、海浜ブイボートを浮かべて競技が行われた。

 日本においても水泳の歴史は古いが、日本独特の古式泳法日本泳法)が体系化されるのは江戸時代初期である。明治後期に横浜で外国人との競泳が試みられるようになってからは、型泳ぎに対して速さを競う競泳がしだいに注目され、記録や距離の正確さを期して競泳用プールの必要性が高まってきた。それまでの河川湖沼海洋にかわる競泳用プールとして、1916年(大正5)、最初に大阪の茨木(いばらき)中学校(現、茨木高等学校)にプールがつくられた。翌1917年には、東京神田に東京YMCAの屋内20ヤードプール(約18.3メートル)が完成し、水泳研究の中心的存在となった。ここには、飛込用スプリングボード(1メートル)も備わり、国内最初の温水プールとされている。1923年には競技大会の行える本格的な50メートルプールとして、大阪市営築港(ちっこう)プールや東京の芝公園プールがつくられ、続いて東京に玉川プールが完成した。1930年(昭和5)には、世界的な水準の明治神宮水泳場(神宮プール)が完成し、50メートルプール、飛込プールを備えて当時の水泳のメッカとなった(2002年閉場)。第二次世界大戦後、国民体育大会の開催ともあわせて各地にプールが建設され、1958年(昭和33)には第3回アジア大会の水泳会場として東京体育館屋内プールが完成した。これは、50メートル、飛込両プールを備えた本格的屋内プールであった。1964年、第18回オリンピック・東京大会の競泳および飛込競技会場として国立代々木競技場第一体育館プールが完成(1998年廃止)。1993年(平成5)には50メートルプールと飛込プールを備えた東京辰巳(たつみ)国際水泳場(屋内)が完成した。

 プールは、一般的に屋外と屋内、温水と非温水という区別がされ、1年を通して利用のできる屋内温水プールが増えつつある。プールの構造については、従来の鉄筋コンクリート製のものや、スチール製、アルミ製、ステンレス製、FRP(繊維強化プラスチックfiber reinforced plastics)製と、その用途や性格によってさまざまなものが開発されている。

 また記録公認の必要上、日本水泳連盟で定めた競泳プール公認規則および飛込プール公認規則があり、それぞれ寸法や形状、性能などが決められている。プールの付帯設備には水質保持のための浄化装置がある。これには、経費や水資源節約のためにプール水を循環させて再利用する循環濾過(ろか)システムが一般的である。

[中山克彦・谷口純市]


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