ブラウン(James Brown)(読み)ぶらうん(英語表記)James Brown

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ブラウン(James Brown)
ぶらうん
James Brown
(1933―2006)

アメリカのソウル・ミュージックシンガー。黒人ボーカリストの代名詞ともいうべきスターであり、1950年代以降、何度か浮き沈みはあったものの、つねに第一線で活動し、「ゴッドファーザー・オブ・ソウル」の称号をほしいままにする人物であった。

 ジョージア州メーコンの貧しい家庭に生まれる。10代のころは強盗をはたらき、矯正施設に入れられたこともあった。荒れた生活を救ってくれたのが大好きだった音楽で、仲間のボビー・バードBobby Byrd(1934―2007)と1955年グループを結成し、まずザ・フレームズを名のり、次にフェーマス・フレームズへと発展していった。

 ブラウンは当時からゴスペル・ソングに影響されたエネルギッシュなボーカルを得意としていた。1956年に発売されたデビュー作「プリーズ・プリーズ・プリーズ」も、教会の熱狂が最高潮に達したときの高揚感をラブ・ソングへみごとに移しかえたものである。しかしこのころのブラウンは、歌手としての実力はあってもなかなかヒットが出なかった。「プリーズ…」に続くヒットは、2年も後の1958年の「トライ・ミー」で、このバラードリズム・アンド・ブルースチャートの1位に輝いた。

 1960年代に入り、ブラウンはバンドのリズム改革を始める。当時のリズムの主流はブギ・ウギの流れをくむビートから、よりビートの強い各楽器のリズムが絡みあうアフリカ系ポリリズム(複合リズム)へと変わりつつあった。これがのちにファンクとよばれるものである。ブラウンはこういった黒人音楽の変化を鋭く察知し、自分たちがその先頭に立とうとしたのだった。1960年の作品「シンク」あたりでは、まだその変化ははっきりとはしないものの、「ビウィルダード」(1961)、「プリズナー・オブ・ラブ」(1963)といった得意のバラードをはさみ、1964年のダンス・ナンバー「アウト・オブ・サイト」になると、ブラウンを中心としてすべての楽器や肉声が大中小さまざまな打楽器アンサンブルのようになった。そして「パパズ・ガット・ア・ブランニュー・バッグ」(1965)、「コールド・スウェット」(1967)、「セイ・イット・ラウド・アイム・ブラック&プラウド」(1968)などの歴史的なファンク作品を立て続けに発表していった。1970年には、10年後のラップの出現を予言したともいわれる作品「ブラザー・ラップ」に加え、ブラウン・ミュージックの金字塔「セックス・マシーン」が発売されている。

 このようなブラウンのヒット曲のアイディアやエネルギーは、すべて黒人社会から吸収したものだった。上記の作品にしても、路上で生活する者たち(「セックス…」)、薬物(「コールド…」)、黒人としての誇り(「セイ・イット…」「ブラザー…」)と、黒人社会の言葉と文化が濃厚に反映されている。ブラウンは、子供のころから培(つちか)われた自立と反逆の精神をもとに、同胞の黒人に対して「仲間よ立ち上がるのだ」と音楽でメッセージを送り続けていたのである。1968年に公民権運動の指導者であったキング牧師が暗殺された際、ブラウンがラジオに登場し、全米の怒れる黒人たちに向かって冷静でいることを訴えたという逸話からも、この時期の彼がどれほど黒人社会で支持されていたかがわかる。

 黄金期のブラウンを支えたのがJBズというバック・バンドだった。このバンドには多くのミュージシャンが出入りしたが、そのなかではアルト・サックスのメイシオ・パーカーMaceo Parker(1943― )、トロンボーンのフレッド・ウェズリーFred Wesley(1944― )、ベースのブーツィ・コリンズBootsy Collins(1951― )らが、その後もジョージ・クリントンの傘下に入るなど話題の多い活動をしている。

 1970年代に入って、ブラウンの勢いにも少しずつ陰りがみえ始めた。時代はファンクから比べればずっと単調なディスコ・ミュージック・ブームにさしかかり、ブラウンも時代の波にのみ込まれていった。だがこの時期のブラウンを一変させたのが、ラッパーのアフリカ・バンバータだった。バンバータはブラウンを自分たちのルーツであるといい、シングル「ユニティ」(1984)で共演、これが皮切りとなり映画『ロッキー4』(1985、シルベスター・スタローンSylvester Stallone(1946― )監督)に使われた「リビング・イン・アメリカ」の大ヒットでふたたびスターの座に返り咲いた。その後、妻への暴行事件による2年間の投獄やセクハラ裁判など、ときおり私生活の暗部が顔を出したが、晩年まで昔と変わらないたくましく力強いステージを続けた。

[藤田 正]

『ジェームス・ブラウン、ブルース・タッカー著、山形浩生訳『俺がJBだ! ジェームス・ブラウン自叙伝』(1993・JICC出版局)』

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