フグ(読み)ふぐ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フグ」の意味・わかりやすい解説

フグ
ふぐ / 河豚
布久

硬骨魚綱フグ目フグ科Tetraodontidaeの魚類の総称。広義にはフグ目Tetraodontiformesの魚全般をさす。フグは、古くはフクとよばれ、平安時代には「布久」と書かれていた。現在でも関東・東北地方のフグに対し、関西・西日本地方ではフクとよんでいる。

 この魚の語源には諸説があり、水や空気を飲み込んで腹を膨らますのでフクルの意味でフクとよばれるようになったという説、あるいは、膨れるとフクベ(ひょうたん)に似るからという説もある。また、フクは「吹く」の意味で、この魚が水を吹いて砂中の餌(えさ)を探す習性からつけられた名前だという説もある。さらに、朝鮮語でフグを「ポク」とよび、これが日本に伝わってホクとなり、フクに転じたという説もある。漢字の「河豚」は、中国の揚子江(ようすこう)や黄河に生息するメフグが昔から食用にされていたため、これに由来するという。フグの姿がブタに似ているので河豚と書くようになったというのである。

[松浦啓一]

分類・形態

フグ目に属する魚は、モンガラカワハギ亜目Balistoideiとフグ亜目Tetraodontoideiの2亜目に分類され、前者はギマ上科、モンガラカワハギ上科、ハコフグ上科からなり、後者はウチワフグ上科、フグ上科、ハリセンボン上科、マンボウ上科を含む。フグ目の魚は、スズキ目のニザダイ科と共通の祖先をもつと考えられている。現在知られているフグ目のもっとも古い化石は、新生代第三紀の始新世からのものである。フグ目は、現生魚類のなかではもっとも進化したグループで、多くの形質に特殊化がみられる。上下両顎(りょうがく)はほとんど突出させることができず、回転運動によって餌を食べる。モンガラカワハギ亜目には、円錐(えんすい)状の歯が上顎と下顎にそれぞれ数本から20本くらいあるが、フグ亜目では歯が癒合してくちばし状の歯板となる。ウチワフグ上科では上顎に2枚、下顎に1枚、フグ上科とマンボウ上科では上下の顎に2枚ずつ、ハリセンボン上科では1枚ずつの歯板がある。腹びれは、ギマ上科ではほかの魚と同様に1対あるが、モンガラカワハギ上科では単一の構造となり、ほかのフグ目魚類では完全に消失している。鱗(うろこ)は、ギマ上科では小さな棘状鱗(きょくじょうりん)で、モンガラカワハギ上科では板状鱗となり、ハコフグ上科では鱗が変形して体を包む甲らを形成する。フグ上科とマンボウ上科では鱗は微小な棘(とげ)となるか、または完全に消失し、ハリセンボン上科では長大な棘となっている。フグ上科とハリセンボン上科では胃が特殊化して膨張嚢(のう)を形成し、水や空気を飲み込んで腹を膨らませることができる。モンガラカワハギ上科とウチワフグ上科では可動性の腰骨によって腹部を拡張させることができる。フグ科の魚は、世界の温帯・熱帯域に広く分布し、中国や東南アジア、アフリカには淡水に生息するものもいるが、大部分は海産で沿岸に生息する。外洋や深みにすむ種類もあるが、ごく少数である。

 フグ科に属する魚は、日本では9属37種が知られている。おもな種類をあげると、アカメフグオキナワフグカナフグ、カラス、キタマクラ、クサフグ、ゴマフグ、サバフグシッポウフグ、タキフグ、ドクサバフグ、トラフグ、ナシフグヒガンフグ、マフグ、モヨウフグセンニンフグなどである。そのほか、フグ目に属する魚のおもな種類をあげると、ベニカワムキ科のベニカワムキ、ギマ科のギマ、モンガラカワハギ科のモンガラカワハギ・ムラサメモンガラ、カワハギ科のウマヅラハギ・カワハギ・ナガハギテングカワハギイトマキフグ科のイトマキフグ、ハコフグ科のウミスズメ・ハコフグ、ハリセンボン科のハリセンボン・イシガキフグ、マンボウ科のマンボウ・クサビフグなどである。

[松浦啓一]

生態

フグ科の魚は、古くから膨腹習性で有名であるが、このほかにも砂礫(されき)底に体を埋没させたり、目を閉じたり、ギュッギュッと発音したり、かみ合いをしたりする習性があるほか、普通の魚類と異なった遊泳方法や独特な産卵行動をするものが知られている。

 フグ類は、腹を下にして体を左右に振り、海底の砂をかき分けて砂の中に潜る習性があり、埋没時には目を閉じていることが多い。普通の多くの魚類には眼瞼(がんけん)がないので目を閉じることはできないが、フグ類の目の周りには多数の皮褶(ひしゅう)があり、これをカメラの絞りのようにして目を開閉することができる。フグ類は、釣り上げられたときなどギュッギュッと発音しながら腹を膨らませる。この音は、空気や水を飲み込み歯を固く閉じるときに生ずるのである。フグ類の産卵場は沿岸域で、クサフグやヒガンフグは大潮の前後に海岸へ大群で押し寄せて産卵する。トラフグの産卵は、沿岸の潮流の速い所で行われ、関門海峡はかつて産卵場として知られていた。サバフグ、カラス、マフグなどはやや沖合いで産卵する。フグ類の卵は、沈性粘着卵が多く、直径1ミリメートル前後の球形をしている。産卵期は春から夏で、ヒガンフグの産卵期がもっとも早く、名前のように3月の彼岸(ひがん)ごろに産卵する。サバフグやショウサイフグは産卵期が遅いほうで6、7月に産卵する。フグ類は普通、背びれと臀(しり)びれを波打たせてゆっくり泳ぎ、敵に襲われるとほかの魚と同様に尾びれを振って逃げる。背びれと臀びれの動きは非常に巧みで、ゆっくりと方向転換したり、後進することもできる。フグ類の歯は強固なくちばし状の歯板になっていて、体が触れ合うと激しくかみつく習性がある。このため狭い水槽の中へトラフグを多数入れておくと、互いに体の一部を食いちぎってしまうほどである。クサフグの雄は、産卵場で雌の腹部にかみついて産卵を促す。フグ類はしばしば食物を吐き出す。釣り上げたり、飼育水槽の水質が悪化するなど条件が悪くなると胃から食物を吐き出す。

[松浦啓一]

フグ毒

フグ類が卵巣や肝臓に猛毒をもっていることは、「フグは食いたし命は惜しし」ということばもあるように古くから知られていた。フグ毒の研究が日本で本格的に行われたのは、明治になってからである。松原新之助(しんのすけ)(1853―1916)は、1883年(明治16)にフグ毒をイヌに与えてその結果を発表している。田原良純(たわらよしずみ)は1912年(大正1)に卵巣からフグ毒を抽出し、精製してテトロドトキシンtetrodotoxinと命名した。谷巌(たにいわお)は1945年(昭和20)に「日本産フグの毒学的研究」を発表し、魚種による毒の強弱、毒の季節的変化、体内のどの部分に毒があるかなど、フグ中毒防止のための基礎資料を明らかにした。津田恭介(つだきょうすけ)らによって1962年に結晶テトロドトキシンが取り出され、その後の研究を経て分子式はC11H17O8N3であることが明らかになった。純粋なフグ毒は、無色、無味、無臭で微細なプリズム状結晶である。水と有機溶媒には不溶、微酸性の水に可溶である。ただし、これはフグ毒の結晶の溶解に関することで、フグ類の肝臓や卵巣などの組織からはテトロドトキシンを容易に水で抽出できる。フグ毒は加熱してもほとんど変化しないが、弱酸性液やアルカリ性液中では分解し、毒性を失う。フグ毒には免疫効果はなく、毎日、中毒しない程度の微量のフグ毒を摂取してもフグ毒に対する抵抗性も免疫性も得られない。フグ毒は個体差が著しく、同じ時期に同じ場所から漁獲されたものでも毒性が異なる。また、フグ毒は季節的に強さが変化し、トラフグでは12月から翌年3月の間は毒力が強く、ほかの季節には弱くなる。フグ毒は多くの種類で卵巣と肝臓に集中し、腸、皮膚、精巣、さらに肉にも毒をもつ種類もいる。

 フグが、なぜフグ毒をもっているかについては外因説と内因説の二つがある。外因説は、外界から食物を通じてフグ毒を取り込むという説で、内因説はフグが自らの体内でフグ毒をつくりだすという説である。貝類のボウシュウボラがヒトデの一種モミジガイを食べ、それによってテトロドトキシンがボウシュウボラに摂取されることが判明したり、人工池で飼育したクサフグからはテトロドトキシンが検出されないなど、外因説に有利な証拠が多い。ビブリオ属やエロモーナス属に属する腸内細菌には、テトロドトキシンまたはその関連物質を産出する能力があることが知られている。フグ中毒にかかると、唇と舌がしびれ、呼吸困難をおこす。意識は死の直前まで正常である。最終的には呼吸中枢の完全麻痺(まひ)によって呼吸が停止し、死に至る。フグ中毒にかかったら吐剤・下剤を与えて体内のフグ毒の除去に努め、強心剤を与えて回復を図る。しかし、決定的な治療方法はない。たとえば、2003年(平成15)のデータによれば、1年間に日本全国で50人がフグ中毒にかかり、3人が死亡している。これらの大部分は、家庭でフグを調理したために生じている。素人(しろうと)のフグ調理は生命の危険を伴うので、絶対に行ってはならない。山口県や東京都などでは、フグ中毒事件の発生防止のため、フグ調理師免許制度を設けている。

[松浦啓一]

漁業

おもな漁場は黄海と東シナ海である。瀬戸内海西部や日向灘(ひゅうがなだ)、天草(あまくさ)諸島などは、かつては有名な漁場であったが、近年ではわずかな漁獲量を数えるのみに減少している。漁法は魚種によって異なり、トラフグは底延縄(はえなわ)で、カラスは浮延縄で漁獲される。またサバフグ類は底引網や籠(かご)網漁業によって漁獲されている。フグ漁は8月下旬に解禁され、春の彼岸ごろに終わる。下関(しものせき)には、トラフグ、カラス、マフグ、シマフグなどが昭和40年代には年間5000トンも水揚げされていたが、しだいに減少の一途をたどり1979年(昭和54)には2000トンを割った。その後回復基調に入り、1999年(平成11)には約2600トンとなった。一方、沿岸のサバフグ漁は西日本各地で盛んに行われ、年間5000トンを超える漁獲量がある。

[松浦啓一]

養殖

養殖は、価格の高いトラフグのみを対象として行われている。昭和30年代前半に人工受精による飼育が実験的に行われ、1964年に山口県で種苗生産が本格的に開始された。最初は年間10万尾以下の生産量であったが、最近では60万~70万尾の生産が可能となっている。初夏に天然産卵場で親魚をとらえて採卵し、孵化(ふか)後はプランクトンや冷凍アミを餌として飼育する。1尾の雌から20万~200万粒の卵が得られる。孵化後約50日で体長3、4センチメートルになる。1年半ほど飼育したものが市場に出荷され、販売される。1キログラムあたりの平均価格は約4300円(1999)。

 フグ類は食用とされるほか、フグ提灯(ぢょうちん)に加工されて各地で土産(みやげ)物にされている。テトロドトキシンは医薬品となり、神経痛、胃けいれんなどに適用されている。

[松浦啓一]

食品

フグは各地の貝塚からその骨が出土するところから、太古の時代からすでに食べられていたことがわかる。中毒死も当然多かったはずだが、その味のおいしさから食用をやめるようなことはなく、いまも食べられている。普通に食用とされているのは、トラフグ、ヒガンフグ、マフグ、サバフグなどであるが、トラフグがもっとも美味である。

 フグの毒は、同じ種類のフグでも1匹ごとにその強さが違い、また同じフグの毒でも部位、季節によって異なる。厚生省(現、厚生労働省)ではフグによる食中毒防止のため、1983年(昭和58)食品衛生法第4条に関し、販売してもいいフグの種類と部位についてはっきりさせ、フグについての解釈を示した。またフグの調理師について特定の都府県では試験によりその資格を与えている。

 肉は白身で、脂肪の含有量がたいへん少ないため味は淡泊である。刺身、ちり鍋(なべ)(ふぐちり)がもっとも多い食べ方である。てっさあるいはふぐ刺ともよぶ刺身は、フグの身を、盛り付ける皿の模様が透けて見えるくらいごく薄く切る。フグの肉には弾力があり、厚く切るとかみ切りにくいためである。ポンス(ぽん酢)しょうゆと、刻んだワケギやアサツキ、もみじおろしで食べる。刺身には、「とおとうみ」とよぶ皮下の組織を湯に通したものを添えることが多い。身皮(三河)の隣にあるからとおとうみ(遠江)としゃれたもので、この部分は湯に通すとゼラチン化してぷりぷりした口あたりになる。フグのちり鍋はふぐちり、てっちりともいい、刺身をとったあとの骨や頭にシュンギク、豆腐などを取り合わせた鍋物である。刺身と同様、ポンスしょうゆと薬味で食べる。なお、てっさ、てっちりの「てつ」はフグの俗称「鉄砲」の略である。このほか、フグの肉と皮を細かく切って味つけし、柔らかく煮て固めると煮こごりになる。切り取ったひれは火であぶってコップに入れ、熱い燗(かん)酒を注いでひれ酒にする。長崎県島原地方にはフグの郷土料理としてがんば料理がある。がんばはこの地方でのフグの呼び名で、棺箱のことである。フグにあたると棺箱に入ることもあるという意味で名づけられたという。がんば料理の一つである湯引きは、フグを、骨も皮もともにぶつ切りにしてゆで、冷水をかけて急速に冷やす。これを大皿に盛り、梅干しを少量入れたダイダイの絞り汁としょうゆで食べる。

 加工品としては粕(かす)漬け、糠(ぬか)漬け、みりん干しなどがあり、長崎県、石川県にとくにこれらの名産品が多い。

[河野友美・大滝 緑]

民俗

江戸時代の長州藩(山口県)では、フグを食べて死んだ者の家は永久に断絶するとし、萩(はぎ)藩医の賀屋敬(かやけい)はその著書『河豚談(かとんだん)』(1830)のなかで、フグの禁食を強調している。また豊臣(とよとみ)秀吉は、朝鮮出兵の際にフグの禁食令を出したといわれるが、これはフグ毒の怖さを知らない山国出身の兵が下関(しものせき)に参集したとき、内臓まで煮て食べたために死者が続出したからという。中国の詩人蘇軾(そしょく)はフグを好み、「その味一死に値す」という詩をつくったが、『毛吹草(けふきぐさ)』(1645)にみえる諺(ことわざ)「フグは食いたし命は惜しし」というのが庶民の実感であったと思われる。古くは、万一中毒したときの治療法として、丸裸にした患者を首まで土に埋めよとか、ナンテンの葉を絞った汁を茶碗(ちゃわん)に1杯飲ませる、あるいはイカの墨を飲ませる、さらには人糞(じんぷん)を食べさせるなどというのがあった。

 本場下関では、フグのことを「福」にかこつけてフクと清音でよび、郷土玩具(がんぐ)の「フグ提灯(ぢょうちん)」は、かつては実際に火を入れて使う実用品であった。また、たばこ入れや玩具の豆太鼓などにもフグの皮が張られていた。

[矢野憲一]

『北濱喜一著『ふぐ博物誌』(1975・東京書房社)』『海沼勝著『ふぐの本』(1975・柴田書店)』『海沼勝・馬場忠人著『ふぐ調理師入門』(1979・柴田書店)』『橋本芳郎著『魚貝類の毒』(1980・学会出版センター)』『益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌編『日本産魚類大図鑑』(1984・東海大学出版会)』『原田禎顕・阿部宗明著『フグの分類と毒性――国際化時代の魚種検索法と毒性を考える』(1994・恒星社厚生閣)』『厚生省生活衛生局乳肉衛生課編『日本近海産フグ類の鑑別と毒性』(1994・中央法規出版)』『落合明・田中克著『新版 魚類学 下』(1998・恒星社厚生閣)』『青木義雄著『ふぐの文化』(2003・成山堂書店)』『アクアライフ編集部編『フグの飼い方――淡水フグから海水フグまで』(2006・エムピージェー、マリン企画発売)』


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改訂新版 世界大百科事典 「フグ」の意味・わかりやすい解説

フグ (河豚)
puffer

フグ目フグ科Tetraodontidaeに属する海産魚の総称。広義にはフグ目のイトマキフグ科Aracanidae,ハコフグ科Ostraciontidae,ハリセンボン科Diodontidaeなどの魚を含めていう場合もあるが,以下,狭義のフグ科魚類について述べる。

 関西以西ではフクと呼ぶ地方が多い。体の全長はクサフグが10cm内外,ほかの種類はほとんど20~40cmのものが多いが,トラフグは70cmに及ぶものがある。体は一般に丸みを帯び,ひれは比較的小さい。腹びれはなく,腰骨もない。また背びれには棘条(きよくじよう)がない。皮膚にはうろこがまったくなくて体表が滑らかなものと,うろこの変形した棘状または刺状突起をもつものとがある。眼は小さいが,周囲に皮褶(ひしゆう)があって,これがカメラのしぼりのように動いて眼を閉じることができる。上下両あごにはそれぞれ2枚のよく発達した門歯があり,中央で癒合(ゆごう)してくちばし状をなしている。筋肉は体側筋が発達せず,背びれやしりびれを動かす屈筋が著しく発達している。これはフグの遊泳のしかたと関連している。うきぶくろは球形ないし卵形のものもあるが,腎臓形で後方がくぼんでいるもの,後部が二つに分かれているものなどがある。

 胃の腹側には付属囊(膨張囊)があり,胃との境はくびれ,腹側体壁に強固に付着している。フグは何かに驚くと,口から急速に吸いこんだ水または空気を胃を経て膨張囊に流入させ,腹を大きく膨らませる。皮膚に棘状または刺状突起をもっている種類では,これに伴ってそれまでねていた突起がいっせいに立って,体全体がいがぐり状になる。大西洋のフグの1種Sphoeroides maculatusで実験した結果によれば,のみこむ水の重量は体重のおよそ2~4倍で,容積は体長20cmの魚の場合約1lであった。このようにフグが腹を膨らませる行動は外敵に対して威嚇効果を与えるのに役だっているものと解釈されている。フグはくちばし状の固い歯をかみあわせ,きしらせて発音するが,腹を膨らませるときにもキューキューと音を出す。

 筋節からなる体側筋が発達していないので運動力は弱く,主として背びれとしりびれを振って海底近くを泳ぎ,しばしば砂れきの中に体をなかば埋めて休む。肉食性で,口から海底に向けて水を吹きつけ,砂の中に潜んでいる底生生物を捕食する。フクという名もこのような習性によるとの説がある。卵は粘着性の付着卵で,砂れきや海藻に産みつけられる。トラフグは大群をなして潮通りのよい水深20m前後の海底に産卵する。また,クサフグヒガンフグは大潮の満潮時になぎさに群がって産卵する。砂れきに産みつけられた卵は次の大潮の満潮時に海水が再びそこまで達すると孵化(ふか)し,仔魚(しぎよ)は引く潮にのって沖へ運び去られる。

漁獲は主として引っかけ釣り,はえなわ,定置網,手繰網などによる。フグは冬がしゅんで,この時季を中心にして賞味されるので,その価格は夏と冬とで著しく違う。そこで,春の産卵期に漁獲した成魚を海面の金網製小割りいけす,または浅海を網で仕切った養魚施設に収容して,鮮魚を餌に蓄養し,晩秋初冬の候の値上りを待って出荷する。トラフグその他の蓄養事業は瀬戸内海から島原,天草にかけての地方,若狭湾,能登方面で盛んである。旧来の蓄養のほか,近年は,種苗からの本格的な養殖も行われている。フグはすべて活魚として売買されるので,消費地へ出荷するときの輸送は活魚トラック,活魚車,活魚船,飛行機などによる。また,フグは狭い場所では互いにかみあう性質が強いので,輸送時には口を縫い合わせたり,個別に缶に入れたりして,傷つけあうのを防いでいる。

フグは数多い魚の中でも特別の珍味とされているが,ときにはこれを食べて中毒を起こし,死に至ることがある。この毒は田原良純により初めて卵巣から抽出され(1912),テトラドトキシン(現在はテトロドトキシンtetrodotoxin)と命名されたが,その後津田恭介によりC12H19O9N3なる分子式ときわめて特異な構造式が明らかにされた(1962)。これは一種の神経毒で,知覚および運動の麻痺を起こし,重症の場合は呼吸麻痺により死に至る。この毒はフグの種類,個体,魚体の部位,季節によって含有量が異なるが,一般に卵巣,肝臓,腸,皮膚などに多く含まれ,筋肉,精巣,血液には少ない。最近の研究によれば,天然のフグに比べて養殖したものでは毒性が低いとされ,これが事実とすれば,テトロドトキシンは従来考えられていたようにフグが自身の体内で生合成しているのではなく,餌などを介して外から取りこんでいるのではないかとも考えられる。しかし,この点についてはまだ十分に明らかではなく,今後の研究にまたねばならない。

 フグには種類が多く,日本近海では34種ほどが知られているが,いずれも暖海の沿岸性のものである。コモンフグ,ヒガンフグ,ショウサイフグ,クサフグ,マフグ,アカメフグなどは毒性が強く,サバフグ,カワフグなどは弱いとされている。魚種別,部位別の毒性の強さは表のとおりである。

フグは前述のように海産魚であるが,中国ではメフグ,メガネフグなどが河川を溯上(そじよう)し,蘇東坡も〈正にこれ河豚の上らんと欲するの時〉と記しているが,長江では河口から1200km上流の漢口まで達するものがある。中国人は昔から海のフグより川でとれたフグに親しんでいたため河豚という名称がつけられたとされている。なお,中国では豚魚ともいうが,これは腹を膨らませるときの音がブタの鳴声に似ているからとも,また姿が似ているからともいわれる。

 フグはうすくそぐようにしてつくった刺身,ちりなべ,ふぐ汁などとして賞味されるほか,ショウサイフグその他小型のフグは干物にされる。精巣は春秋時代の美人西施の乳房をしのばせるとして西施乳と呼ばれ白子酒に用いられ,ひれはあぶってひれ酒にされる。また,肉,骨,内臓を除いて成型しふぐ提灯に製される。
執筆者:

《和名抄》は〈フク〉〈フクベ〉というとしており,《物類称呼》(1775)は京,江戸で〈フグ〉,西国,四国で〈フグトウ〉と呼ぶとしている。各地の貝塚から骨が出土しているように,日本人は有史以前からフグを食べていた。記録はないが,当然中毒死した人は多かったはずで,それが松尾芭蕉をして〈あら何ともなやきのふは過ぎてふくと汁〉の句をなさしめたゆえんであった。また,異名を〈鉄砲〉,略して〈てつ〉と呼ぶのも,食べるとあたり,あたれば死ぬことが多いというしゃれである。フグ料理について最初に記載したのは《大草家料理書》(室町末期ころの成立)と思われる。〈ふぐ汁料理は差合有候故,取捨仕候也。但,しきみの木,又は古屋の煤堅嫌べし〉というのがその全文で,これは〈ふぐ汁の料理法はさしつかえがあるので削除した。どうしてもつくる場合には,汁の中にシキミや古い家屋のすすを入れぬように注意する必要がある〉という意である。奥歯にもののはさまったような文章であるが,それは当時の武家社会ではフグの食用はつつしむべきだとされていたらしいこと,そのたてまえにもかかわらず実際は食べる人が多くいたことを示しているようである。そして,江戸の町医小川顕道(1737-1815)の《塵塚談》によると,彼が若かったころの武家はけっしてフグを食べなかったが,最近では食べるようになったといい,フグの値も上がったとしている。フグは町人の魚だった。貝原益軒は〈身を慎む人,食うべからず〉といっているが,《本朝食鑑》(1697)は〈味淡にして最も美なり〉といい,井原西鶴は作品中にしばしばふぐ汁を賞美する民衆の姿を描いた。しかし,何としても中毒はこわかった。それで中毒には,砂糖湯がいいとか,イカの墨がきくとか,ツノマタがよいなどという説が諸書に散見され,また,前記《大草家料理書》同様に《本朝食鑑》も,調理中にすすが入ると食べた人はかならず死ぬ,としている。

 料理に用いるフグはトラフグ,マフグ,ショウサイフグなどで,トラフグがもっとも美味である。料理としては刺身とちりなべが代表的で,みそ汁や煮こごりにもする。刺身はごく薄いそぎ身にし,赤絵の大皿に皿の模様が透けて見えるように並べる。厚く作ると歯ごたえがありすぎて食味を減ずるためで,こうした薄い作り身にするのを一般に〈フグ作り〉と呼んでいる。薬味にはもみじおろしと刻んだアサツキを用い,ポンスじょうゆで食べる。皮下のゼラチン質の部分は〈とおとうみ〉と呼び,刻んで熱湯でゆがいて刺身に添えることが多いが,これは三河(身皮)に接しているから遠江(とおとうみ)だというしゃれである。〈てっちり〉と俗称するちりなべは,おもにあらを用い,豆腐,キノコ類,シュンギクなどをあしらい,刺身同様ポンスじょうゆで食べる。ひれ酒は,干したひれをこがすくらいに火であぶってコップなどに入れ,熱かんの清酒をそそいで飲む。以上のほか,切身をかすづけやみそづけにし,また,干物にもつくられる。
執筆者:

大同類聚方》には,フグ中毒の治療薬として上総国望陀(もうだ)郡手越綱頼の吹消薬を載せる。その処法は樺と樟ヤニを煎じたものだが,樟ヤニといわれたものは,クスノキの木部を蒸留して得たショウノウであろう。ショウノウはカンフルとして用いられるもので,急性心臓衰弱や止痛などの効能があり,樺樹皮は消腫解毒の効能をもつ。
執筆者:


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食の医学館 「フグ」の解説

フグ

《栄養と働き&調理のポイント》


 フグの種類は多く、世界で100種以上、日本近海では40種ほど生息します。
 食用されるものはトラフグ、マフグ、ヒガンフグ、ショウサイフグ、アカメフグなど数種ですが、トラフグはフグのなかでもいちばんの高級魚です。
 関西では、毒にあたるとすぐ死ぬところから、鉄砲(てっぽう)と呼び、刺身を「てっさ」、ちり鍋を「てっちり」といいます。
 またフグ日本一の流通量を誇る山口県下関では、グとにごらず「フク」といいます。旬(しゅん)は冬。
○栄養成分としての働き
 フグは高たんぱくで、低カロリー。脂質も少なく、あっさりとした味わいの白身魚です。
 ビタミンでは、ビタミンB2、B6、B12やD、Eを含んでいます。
 Eは、活性酸素を抑える働きがあり、血液の流れをよくするので、冷え症、肩こり、疲労などの症状に効果的です。
 Dは、カルシウムやリンの吸収をうながす働きがあります。
○注意すべきこと
 フグの卵巣(らんそう)や肝臓にはテトロドトキシンという猛毒があるので、家庭での調理は厳禁です。ただし調理資格者が下ごしらえしたものは大丈夫です。
 料理は刺身、ちり鍋、ひれ酒が有名ですが、たたき、から揚げ、一夜干しなどもおいしくいただけます。

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栄養・生化学辞典 「フグ」の解説

フグ

 フグ目の海産魚.マフグ科の何種かを食用にする.猛毒のテトロドトキシンを含む.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フグ」の意味・わかりやすい解説

フグ

フグ類」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内のフグの言及

【魚貝毒】より

…食中毒に関連してこれまで研究された主な魚貝毒を次に示す。
[フグ]
 日本の動物性自然毒中毒の大半を占め,死亡率も約50%と高い。毒の本体はテトロドトキシンで,15μg/kgの皮下注射でマウスを殺す猛毒である。…

※「フグ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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