フィトクロム(読み)ふぃとくろむ(英語表記)phytochrome

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フィトクロム」の意味・わかりやすい解説

フィトクロム
ふぃとくろむ
phytochrome

植物が光(赤色光)の刺激に反応するとき、その光の受容体となるタンパク質色素のことで、Pr型とPfr型の二つの型が存在する。Pr型はおもな吸収極大が660ナノメートル付近にあり、Pfr型は720ナノメートル付近にある。Pr型フィトクロムは赤色光を吸収するとPfr型に転換し、Pfr型は近赤外光を吸収するとPr型に戻り、この二つの型は相互に可逆的に転換できる。ある種の植物では、Pfr型のフィトクロムは暗黒中で徐々にPr型に戻ることができる。フィトクロム分子の発色団は開環したテトラピロールで、藍藻(らんそう)類の色素フィコシアニンとよく似ている。フィトクロムはすべての植物に含まれ、光に関係するさまざまな形態形成や、生体の生理的諸機能の調節にあずかっている。

[勝見允行]

発見の歴史

レタスの一品種であるグランド・ラピッズGrand Rapidsの種子は光発芽種子であるが、アメリカのフリントL. H. FlintとマカリスターE. D. McAlisterは1935年、その発芽には赤色光がもっとも有効である反面、近赤外光は逆に阻害的であることを報告した。やがて1946年になると、アメリカのパーカーM. W. Parkerらは、短日植物であるオナモミやビロキシダイズの花芽誘導暗期における光中断効果は、赤色光がもっとも有効であることを発見した。その後、アメリカ、メーン州ベルツビルにある農務省研究所のボースウィックH. A. BorthwickとヘンドリックスS. B. Hendricksの研究グループは、これらの赤色光の作用についての研究を進展させ、赤色光と近赤外光とが相互に可逆的効果をもつことをみいだした(1952)。前記のレタス種子を暗黒中で吸水させ、赤色光を短時間照射すると発芽が誘導されるが、赤色光照射直後に近赤外光を照射すると、赤色光効果は打ち消されてしまうというのもその一例である。この可逆的効果は何度も繰り返すことができる。このようなことから、赤色光および近赤外光に対して、それぞれ最大吸収をもつような相互に転換可能な一つの色素が想定され、これをフィトクロムとよんだわけである。1959年アメリカのバトラーW. L. Butlerらは、トウモロコシの黄化芽生えからフィトクロムの抽出に成功した。

[勝見允行]

作用

フィトクロムは、Pfr型が生理的に活性であるが、容易に別の型(Pfr´)に不活性化される。フィトクロムがPfr型になることが、どのようにしてさまざまな形態形成作用に結び付くのかは、まだ明らかにされていない。しかし、植物ホルモンの量的変動、酵素の合成や活性化を伴う場合のあることが知られており、おそらく、なんらかの生化学的変化を介するものと考えられている。

[勝見允行]

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化学辞典 第2版 「フィトクロム」の解説

フィトクロム
フィトクロム
phytochrome

植物の生長や形態形成の過程には,弱い赤色光と近赤外光の短時間照射によって可逆的に制御できる反応,すなわち,赤色光効果のみられる現象が多数ある.フィトクロムはこれらの可逆的反応の光エネルギー受容体として,1956年,S.B. Hendricks,W.L. Butler,S.B. Borthwickらによって発見され,抽出された色素タンパク質で,すべての植物に存在すると考えられている.フィトクロムが関与する反応としては,胞子,種子の光発芽,葉の展開,花芽の形成,クロロフィルおよびカロテノイドの生合成,細胞分裂の時期決定,生体時計の時刻合わせ,屈光性の感度変化などの多岐にわたっている.フィトクロムは分子量4×104サブユニットから構成されるタンパク質部と,開環したテトラピロール誘導体を発色団とする部分とからできており,赤外光吸収型フィトクロムと近赤外光吸収型フィトクロムがあり,これらは光を受けると相互に可逆的に変換する.

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百科事典マイペディア 「フィトクロム」の意味・わかりやすい解説

フィトクロム

植物の生長組織に多く含まれる色素タンパク質で,光エネルギーの受容体。分子量約12万のアポフィトクロムに発色団フィトクロモビリン1分子が結合したもので,A,B,C,D,E,Fなどの分子種がある。280,380,666nmに吸収極大をもつ赤色吸収型(P(/R))と280,400,725nmに吸収極大をもつ近赤外吸収型(P(/FR))とがあり,光を受けて相互変換する。発芽,花芽の形成,葉や茎の伸長側根発現,塊茎の発達,さらにアントシアンフラボノイドなどの色素の生合成にも働くと考えられている。

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知恵蔵 「フィトクロム」の解説

フィトクロム

植物細胞に含まれる色素たんぱく質で、環境の光条件を感知して、発生・分化から膜機能の微細な過程に至るまでの様々な生理機能を制御する。A、Bのほか、いくつかの分子種が知られている。いずれにも赤色光吸収型と近赤外光吸収型があり、光を受けて相互変換し、この分子内の変化が光感知の信号となる。

(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)

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精選版 日本国語大辞典 「フィトクロム」の意味・読み・例文・類語

フィトクロム

〘名〙 (phytochrome) 植物の生長や分化のパターンを可逆的に制御する光を吸収する生体内色素。赤色光あるいは近赤外光を受けると交互に変換する二つの吸収型がある。光形態形成に関係があり、花の形成、種子の発芽などを調節する。

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デジタル大辞泉 「フィトクロム」の意味・読み・例文・類語

フィトクロム(phytochrome)

光エネルギーの受容体として働く色素たんぱく質。赤色光と近赤外光の二つの吸収スペクトル型を示し、相互に可逆的に変化して、植物の生長・形態形成を調節する。→クリプトクロムフォトトロピン

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世界大百科事典 第2版 「フィトクロム」の意味・わかりやすい解説

フィトクロム【phytochrome】

光を受けると,吸収スペクトルの相異なる型に可逆的に変わる性質をもつ色素タンパク質。菌類以外のすべての植物に存在し,環境の光条件を感知し,植物のさまざまな機能の制御に関与している。常温で280,380,666nmに吸収極大をもつ赤色光吸収型(PR)と280,400,725nmに吸収極大をもつ近赤外光吸収型(PFR)とがあり(図1),光を受けてPR⇄PFRの相互変換が起こる。 分子量12万4000。1種類のポリペプチド鎖から成る二量体で,沈降平衡法による分子量は約23万,沈降係数は約9sで,やや細長いタンパク質,アミノ酸組成ライムギとアベナ(カラスムギ)の黄化芽生えのものについて知られており,疎水性アミノ酸残基数は全残基数の約40%で,全体としては親水性のタンパク質である。

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世界大百科事典内のフィトクロムの言及

【光周性】より

…この際,内在リズムの位相そのものも光中断によって変化すると考えられる。光中断に有効な光は赤色光であり,この効果は近赤外光の照射によって打ち消されることから,光中断に関与する物質はフィトクロムであると推定されている。フィトクロムは赤色光あるいは近赤外光の照射によって,の可逆的変化を示すことがわかっているからである。…

※「フィトクロム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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