ヒメマス(読み)ひめます(英語表記)kokanee

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒメマス」の意味・わかりやすい解説

ヒメマス
ひめます / 姫鱒
kokanee
[学] Oncorhynchus nerka

硬骨魚綱サケ科に属するベニザケ陸封型で、湖沼生息する。陸封の原因はかならずしも明らかではないが、日本の場合は氷河期の遺存種とみてよい。原分布は北海道、オホーツクカムチャツカ半島、北アメリカ太平洋岸の限られた湖沼である。日本の原産地は阿寒湖(あかんこ)と網走(あばしり)川上流のチミケップ湖で、前者の卵が1894年(明治27)支笏(しこつ)湖に、1902年(明治35)に支笏湖産の卵が十和田(とわだ)湖に、1906年には十和田湖産の卵が中禅寺(ちゅうぜんじ)湖へというように、急速に日本全国の冷水湖に移殖された。

 体形はスマートで、背面は美しい藍(あい)色、体側は銀白色、産卵期に入ると全体に黒くなり、ひれなどは赤色を帯びる。肉の色は鮮紅色であるが、湖の餌料(じりょう)条件により橙(だいだい)色あるいは白色がかる。秋季10、11月ごろ湖岸あるいは流入河川の砂礫(されき)底に産卵し、稚魚は春に浮上する。湖の水温躍層から上の11~15℃の適水温層を小群をつくって遊泳し、甲殻類プランクトンを捕食するが、時期により水生昆虫や落下した陸生昆虫などに大きく依存する。3、4年で性成熟し、普通30センチメートル前後になるが、個体群密度が低く餌料条件がよいと50センチメートルぐらいになることもある。

 2年魚になった春、一部の魚が降海性を示し、流出河川から下ることがある。各地の湖に移殖されているワカサギもプランクトンを摂餌するので、餌(えさ)をめぐって競合することがあり、水温や栄養条件がワカサギに有利な場合ヒメマスは圧迫される。近年、養魚用餌料の発達に伴い、ヒメマスの池中養殖も可能となり、各地で養殖されるようになった。漁獲は、漁業としては刺網定置網が用いられるが、遊漁は竿(さお)釣りによる。刺身、フライ、塩焼きにすると美味である。

[石田昭夫]

釣り

限られた湖で解禁期間に釣る。青森県十和田(とわだ)湖ではリール竿(ざお)に胴づき仕掛け、鉤(はり)にはピンク系の羽毛を巻き、これにブドウムシをつける。神奈川県芦(あし)ノ湖では金・銀の楕円(だえん)形スプーンを数個使い、先端には紅染めのサシ餌(え)をつけた鉤を結んでトローリングする。栃木県中禅寺(ちゅうぜんじ)湖でも、地元独特のペラとよぶ魚を誘う楕円形に近い集魚板を使ってのトローリング。山梨県本栖(もとす)湖、西(さい)湖は胴づき仕掛けで、鉤に羽毛は巻かずにイクラや紅染めのサシ餌で釣っている。ヒメマスは、早朝と日没時には泳層が底からかなり上層になるが、日中は底近くを泳ぐ。このため、タナ(泳層)を探すのがこの釣りのこつで、魚群探知機で魚の反応を追うのが楽な釣りである。

[松田年雄]


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改訂新版 世界大百科事典 「ヒメマス」の意味・わかりやすい解説

ヒメマス (姫鱒)
kokanee salmon
Oncorhynchus nerka

サケ目サケ科の魚。ベニザケの陸封型。原産地は北海道の阿寒湖と網走川上流のチミケップ湖である。1894年に支笏湖に移殖され,アイヌ語でカパッチェプ(薄い魚。ヤマベに比べると扁平なので)と呼ばれ,1908年に姫鱒の名が北海道庁の森脇幾茂により与えられた。支笏湖よりさらに日本各地へ移殖され,和井内貞行(1858-1922)による十和田湖への移殖の話は有名である。体背部は灰青色,腹部は銀白色で,産卵期には雌雄とも緑褐色と朱紅色の婚姻色を体側の中央部のみに現す。深くて冷たい湖水に適して生息し,群れをなして中層を泳ぎ,ときに水面に姿を現す。ふつう4年で成熟する。産卵期は9月下旬から11月下旬で,湖に流入する河川に遡上(そじよう)してれき底に産卵する。卵は直径3.5~4.0mmで,1腹の卵数はふつう100~800粒程度である。動物プランクトンをおもな餌とし,ときにはスジエビ,小型の魚などを捕食する。体長は20~30cm,ときに40cmになる。釣りの対象として喜ばれ,美味で塩焼き,フライ,冷凍の刺身で食べる。
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百科事典マイペディア 「ヒメマス」の意味・わかりやすい解説

ヒメマス

サケ科の魚。全長20〜30cm,ときに40cmになる。ベニザケ(サケ)の陸封型。北海道阿寒湖とチミケップ湖原産で,現在日本各地の湖沼に移殖され繁殖。深く,水温の低い湖が生息に適する。秋の産卵期には雌雄とも緑褐色と朱紅色の婚姻色を示す。塩焼,フライ,燻(くん)製などにして美味。絶滅危惧IA類(環境省第4次レッドリスト)。
→関連項目マス(鱒)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヒメマス」の意味・わかりやすい解説

ヒメマス
Oncorhynchus nerka; kokanee

サケ目サケ科の淡水魚。ベニザケの陸封型。アイヌ語でカバチェップ(薄い魚の意)といわれる。北海道阿寒湖および秋田県田沢湖に分布するが,支笏湖,十和田湖などの冷水湖に広く移殖されている。湖岸あるいは流入河川の礫底に産卵する。

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栄養・生化学辞典 「ヒメマス」の解説

ヒメマス

 サケ科の淡水魚.食用にする.

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世界大百科事典(旧版)内のヒメマスの言及

【ベニザケ(紅鮭)】より

…サケ目サケ科の魚(イラスト)。ベニマスともいう。陸封型にヒメマスがいる。北アメリカのサクラメント川から,アラスカ,カムチャツカ,北海道東岸に至る北太平洋沿岸水域に遡上(そじよう)する。外洋に生息するときには銀白色であるが,産卵期になると紅色の婚姻色を呈する。雌は雄に比べてやや暗色を帯びる。雄は上下両あごが著しく突出し,かぎ形に曲がる。日本では,アメリカから受精卵を移殖した十勝川にわずかと,支笏湖からヒメマス卵を移殖した西別川に数千匹遡上している。…

※「ヒメマス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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