ヒトパピローマウイルス (HPV)

内科学 第10版 の解説

ヒトパピローマウイルス (HPV)(ウイルス感染症)

(7)ヒトパピローマウイルス(HPV)
概念・感染経路・生活環
 ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus :HPV)は,ヒトにのみ感染する小型double-strand DNAウイルスである.パポーバウイルス属の1つで,ヒトに感染するウイルスでは最も小型なウイルスの1つである.もともと“パピローマ(乳頭腫),イボ”から分離されたことが名前の由来である.HPVは,エンベロープはもたず,約8 kbpのウイルスDNAをキャプシドが包んで正二十面体構造をとっている直径50 nmのウイルス粒子である(図4-4-4左).HPVは,ウイルス粒子の大きさも小型であるが,ウイルス遺伝子もたった8つしかない.8つのウイルス遺伝子とは,E1,E2,E4,E5,E6,E7の初期遺伝子とL1,L2の後期遺伝子である.HPVは変異を起こすことはなく,同じウイルスとして生き続けている.ただし,HPVには100種類以上の“タイプ(遺伝子型 genomic typeともいう)”がある.これはウイルス遺伝子の相同性によって分類される.
 HPVは,感染する部位が皮膚と粘膜棲み分けがあり,皮膚に感染するHPVを皮膚型HPV,粘膜に感染するHPVを粘膜型HPVという(図4-4-5).粘膜型HPVは,性行為によって生殖器粘膜や外陰部皮膚に感染するため,生殖器HPVともよばれることがある.生殖器粘膜に感染しているHPVは原則的に性的接触(性行為)以外では感染することはないため,性感染(sexually transmitted infection:STI)と考えられている.
 HPVは皮膚,粘膜の重層扁平上皮に感染し,基底細胞に最初に感染する.扁平上皮分化に伴ってウイルスDNAの複製とウイルスキャプシド蛋白質を合成し,扁平上皮が剥離する前に娘ウイルスを形成して体外に排出される.したがって,基底膜より深層に侵入することはなく,ウイルス血症になることもない.HPVでは必ずしもウイルス増殖状態が持続しない.潜伏状態(潜伏感染)ではHPVはほとんど複製することなく数コピーで存在しかつ感染細胞が分裂しても脱落しない.この過程で,HPVウイルス蛋白質を発現することはほとんどない.この仕組みによってHPVは粘膜基底層に存在し続けることができる.
HPVタイプと疾患
 HPVはタイプによって引き起こす疾患が異なることが特徴である(図4-4-5).皮膚型HPVは,基本的に名前の由来である疣贅を形成する.HPV2,5,27は尋常性疣贅を,HPV1はミルメシアを形成する.粘膜型HPVは2つのグループに大別される.HPV6,11,42,43,44などは,外陰部の乳頭腫である尖圭コンジローマ(condyloma acuminatum)を形成する.これは良性腫瘍であることからローリスク(low-risk)型 HPVともよばれる.一方,HPV16,18,31,33,45,52,58などに代表される一群は,癌の発生と深く関連することからハイリスク(high-risk)HPVもしくは発癌性HPVとよばれる.ハイリスクHPVに起因する癌は子宮頸癌肛門癌,外陰癌,腟癌,咽頭癌,食道癌,肺癌などの報告があるが,その中で最も関連性が深いのは子宮頸癌である.子宮頸癌の95%以上からハイリスクHPVが検出され,子宮頸癌の相対危険度はハイリスクHPV感染者で200〜400倍といわれる.しかし,ハイリスクHPV感染者のうち子宮頸癌まで至るのは300〜1000人に1人程度であり,ハイリスクHPV感染だけで子宮頸癌に至るわけではない.HPVの中でハイリスクHPVの一群だけは疣贅を形成することはない.ハイリスクHPVの中で,HPV16,18は発癌までの期間が短く,発癌率も高い.子宮頸癌の約70%,肛門癌,外陰癌,腟癌,咽頭癌の80〜90%がHPV16,18に起因する.
 粘膜型HPVは,どのタイプも生殖器粘膜,外陰部に性的接触(性行為)によって感染することからSTIといわれる.しかし,いわゆる性感染症(sexually transmitted disease:STD)といえるのは尖圭コンジローマを発症するHPV6,11だけである.
HPV感染の疫学
 発癌との関連性があるハイリスクHPVについては多くの疫学研究がある.HPV検査は,生殖器粘膜の擦過上皮細胞から抽出したDNAに含まれるHPV-DNA(ウイルス遺伝子)をPCR法などによって検出する方法である.30種類以上のHPVタイプを判別することも可能である.一方,HPVはウイルス血症を呈することがないため,抗体誘導は弱くHPV抗体の抗体価は非常に低い.HPVの抗体陽転率は50〜70%程度にとどまる.ウイルス粒子構造を認識する抗体がHPVタイプ特異的であるため全タイプの抗体を識別することができずHPVの血清疫学研究は難しい.全女性の約75%は性行為感染によって粘膜型HPVに暴露されているといわれる.粘膜型HPVはありふれたウイルスであることが窺える.年齢別の日本女性におけるHPV-DNA検査の陽性率は,10代が最も高率で30〜40%にも及ぶ.その後,20代で20〜30%,30代で10〜20%,40代で5〜10%,と年齢とともにDNA陽性率は見かけ上は減少する.現在,子宮頸癌の罹患率のピークが35歳前後でその頻度が10万人に20人ぐらいである.HPV感染者の1000人に1〜3人の女性が子宮頸癌を発病していることになる.
HPVによる発癌
 ハイリスクHPVが持続的に増殖すると,ウイルス癌蛋白質であるE6, E7の作用によって一部の感染細胞が不死化する.不死化した細胞ではほかの発癌促進因子(代表的なものは喫煙とステロイドホルモン)などにより遺伝子異常が蓄積して癌形質を獲得する.HPV16, 18は感染してから子宮頸癌に至るまでに要する時間がほかのハイリスクHPVと比べて短い.そのため20〜40歳代で発症する若年子宮頸癌ではHPV16, 18が関与する場合が多く,近年若年子宮頸癌が増加傾向にある.
HPVワクチン
 最近になってHPVワクチンが開発されている.L1キャプシド蛋白質で粒子を模倣したウイルス様粒子(virus-like particle:VLP,図4-4-4右)がワクチン抗原で,外観はウイルス粒子とほぼ同様の立体構造をしているが中身は空で感染性はない.複数のHPVタイプのVLPをカクテルにしたカクテルワクチンである.現在のHPVワクチンはHPV16,18感染(2価ワクチン)もしくはHPV6,11,16,18感染(4価ワクチン)を予防できる.それ以外のHPVに対する感染予防効果は期待できない.HPVワクチンによって多くのHPV関連癌と尖圭コンジローマの疾患予防が可能になるといわれている.[川名 敬]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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