ヒッタイト文字(読み)ヒッタイトもじ

改訂新版 世界大百科事典 「ヒッタイト文字」の意味・わかりやすい解説

ヒッタイト文字 (ヒッタイトもじ)

トルコ中部のボアズキョイ出土のヒッタイト粘土板文書に記された楔形文字。ヒッタイト文字は,おもにヒッタイト語を音写する音節文字,表意文字であるイデオグラムideogram,当該の名詞の前に置かれて意味を指示する限定符determinativeの3要素から構成される。文字の特徴は,ウル第3王朝(前2112-前2004)のそれを示しており,有声破裂音(g,b,d)と無声破裂音(k,p,t)の区別が完全ではなく,母音の長短,e音とa音,e音とi音の別が明瞭ではない。また音節文字(母音+子音,子音+母音,子音+母音+子音)である関係上,語頭・語末に2文字以上,語中に3文字以上の子音を重ねることができないため,真母音と偽母音との見分けがつけにくい場合がある。

 ヒッタイト族が楔形文字をいつ導入したかには定説はないものの,前18世紀の〈カッパドキア文書〉にヒッタイト族の人名が確認されており,この時期の前後,前19世紀末から前18世紀初頭には導入されていたと推測される。また,前1800年ころから,おもに印章碑銘に使用されていたヒッタイト族独特の象形文字は,ヒッタイト王国の滅亡後も北シリア,アナトリア南東部に興った後期ヒッタイトの諸侯国に引き続き用いられ,前8世紀ころまで命脈を保った。後期ヒッタイトの象形文字は,トルコのカラテペで発見された対訳刻文(後期ヒッタイト象形文字フェニキア文字)によって,解読糸口が見いだされた。
楔形文字 →ヒッタイト語
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒッタイト文字」の意味・わかりやすい解説

ヒッタイト文字
ひったいともじ

広義にはヒッタイト楔形(くさびがた)文字とヒッタイト(太古ハッティ)象形文字をさすが、前者はヒッタイトに固有のものではないので、狭義では後者にのみ用いられる。ヒッタイト楔形文字は主としてヒッタイト帝国の首都ハットゥシャ遺址(いし)(今日のボアズキョイ周辺)から出土した印欧語系ヒッタイト語を表記するために使われているもので、基本的にはシュメール‐アッカド系楔形文字と変わらない。しかし若干の文字の形体および用法に相違があり、バビロニア人から北シリアのフルリ人を経てこの文字体系を借用する過程でこうした特色が生じたと考えられる。紀元前18~前13世紀に用いられた。

 ヒッタイト象形文字は、前記のヒッタイト帝国滅亡後(前950ころ~前700ころ)に、別の語族(自称は不明。太古ハッティ人とよばれることがある)が用いた独特の象形文字で、岩壁浮彫りや彫刻の刻文として残されており、その分布はアナトリア中央部から北シリアに広がっている。文字記号数は450~500個で、a、baのような基礎的音節文字約80個を含み、各行ごとに書字方向を変えるブストロフェドン書法がみられる。この文字が表記している言語は、現在解読が進行中で、ヒッタイト楔形文字文書から知られているルウィ語との類似が注目されている。

[矢島文夫]

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世界大百科事典(旧版)内のヒッタイト文字の言及

【ルウィ語】より

…ルビア語ともいう。ボアズキョイ出土のヒッタイトの粘土板文書に出てくる言語で,その名称はヒッタイト語の副詞luili(〈ルウィ語では〉の意)に基づく。ルウィ語は,ヒッタイト語,パラ語などと同様にインド・ヨーロッパ語族のアナトリア諸語の一つに数えられるが,その詳細はまだ不明な点が多い。名詞の格は4格(主格,対格,与格,奪格-助格)が確認されており,性はヒッタイト語と同じく両性と中性がある。両性の複数形は,接尾辞‐nz‐を伴う。…

※「ヒッタイト文字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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