日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
バルナ(古代インドの神)
ばるな
Varua
古代インドの神。インド最古の聖典『リグ・ベーダ』において、讃歌(さんか)の数こそ少ないが、インドラ(帝釈天(たいしゃくてん))とともに重要な神である。契約の神であるミトラと対(つい)でたたえられる場合が多い。バルナとミトラの名は、インドラ、ナーサティヤ(アシュビン双神)とともに、紀元前14世紀中葉のミタニ・ヒッタイト条約文にあげられているから、メソポタミアにおいても信仰の対象であったことがうかがわれる。インドラが代表的なデーバdeva(神)であるのに対して、バルナは典型的なアスラasura(阿修羅(あしゅら))である。アスラは、後代のインドにおいては悪魔とみなされたが、元来は至高の神で、古代イランにおいて、アフラ(アスラの古代イラン語形)の代表者アフラ・マズダーは、おそらくゾロアスターの宗教改革の結果、最高神となった。バルナの神性はアフラ・マズダーに対応するとされる説が一般的であるが、バルナとマズダーは別のアスラ(アフラ)であるとする説も有力である。また、ギリシア神話の天空の神ウラノスと語源的に関係があるとする説もあるが、疑わしい。バルナは宇宙の秩序と人倫の道を支配する司法神であった。彼は天則リタの守護者で、あらゆる場所で人々の行為を監視し、リタに背く者を罰する。彼は最初から水との関係が深かったが、後代、水との結び付きがますます強くなり、ついには単なる水の神、海上の神となった。方位神の一つとして西方を守護するとみなされる。仏教に取り入れられて「水天」と漢訳された。
[上村勝彦]