バッタ(読み)ばった(英語表記)short-horned grasshopper

改訂新版 世界大百科事典 「バッタ」の意味・わかりやすい解説

バッタ (蝗)
grasshopper
locust

直翅目バッタ上科Acridoideaに属する昆虫の総称。世界から8科約5000種が知られる。とくに熱帯・亜熱帯地方は種類が豊富で,日本にはこのうち2科約50種が分布している。

 一般に草原をおもなすみ場所とし,生息環境の色彩に合わせた体色をもつことが多いが,後翅にはでな色彩を隠しもっていることもある。頭部は卵を立てた形で大きいが,ときにショウリョウバッタのように円錐形の頭部となる種もある。複眼は相対的に大きく,眼にたよって生活する昼行性の性質をよく示している。一方,触角は短く,長いものでも頭胸部を合わせた長さを少し超える程度で,同じ直翅目に属するコオロギキリギリス類に比べればたいへん短く,触覚への依存度は低いといえる。触角の形状は糸状のものが多く,先が太くなったり,ひらたく剣状になったりするものもある。かむ型の口器で,よく発達した大あごをもっており,昆虫の口器のもっとも基本的な形となっている。前胸背板は,側方部をぴったりおおう鞍形である。前翅は縦長で幅狭く,後翅よりやや厚みのあるさや状で,静止時には腹部に沿ってまっすぐに置かれる。

 前翅にはコオロギ・キリギリス類にみられるような発音鏡を備えた発音器をもたない。前翅を使って発音する場合は,単純な1本の発音脈と後肢腿節内面の構造物をこすり合わせることによって行われていて,じみな音を出す程度である。後翅は幅広い半円状,静止時には扇子が折りたたまれたようにたたまれて前翅下におさめられている。前・後翅ともいろいろな程度に退化することがあり,まったくなくなってしまう種も知られている。

 肢のうち,前・中肢は草の葉をつかんだり,歩いたりするのに用いられる肢で,短く,一方,後肢は直翅目に共通の跳躍肢となっていて,長くのびたがんじょうな腿節と,同じく長くのびた脛節(けいせつ)をもっている。いずれの肢も跗節(ふせつ)は3節である。腹部は長円筒状で,後方に向かい少しずつ細くなる。腹部第1節左右側面に楕円状の鼓膜部がある。種内の発音による情報を受容する部分で,コオロギ・キリギリス類ではこれが前肢脛節にあるが,この点系統の違いをよく反映している。

 雄の腹端は単純であるが,中に含まれる交尾器は複雑な形をしている。雌の産卵管は,コオロギ・キリギリス類に比べれば異常形と考えられるほどに変化しており,きわめて短く,かつ固い弁状になっている。すなわち,上下各1対の弁とこれらの中間にある退化的な弁を加えて,合計3対からなるが,上下の弁で掘削器を形成しており,土を掘るのに適した形となっている。

バッタ類は,草原や林縁部の草上とか草原の間の裸地上,乾燥荒原,河原のれき上などで生活し,海浜の砂上や熱帯林内の林床や樹上にすむ種も知られている。いずれにしても食葉性で,とくに単子葉類のイネ科植物を好むものが多い。交尾は雄が大きい体の雌の背上に乗った姿勢で行う。産卵は,上下1対の産卵弁を開閉しながら土を掘り,掘り進むにつれ腹部を少しずつくり出し,腹部長が正常時の2倍くらいになるまで細い穴を掘ってその底に泡の塊をつくり,その中に卵を産みつけるが,短時間のうちにそれは卵塊を含んだ卵鞘に変わる。卵鞘は保温や害敵を防ぐのに役だつ。卵は両端が卵円形の細長い円筒状。

 熱帯地方の非休眠卵は別として,日本のような温帯地のバッタ類のほとんどは卵で越冬し,年1~2回の発生であるが,ツチイナゴのように成虫で越冬する種もある。変態は不完全で,幼虫は1齢幼虫から成虫に似るが,翅はない。3齢以後,翅となる部分の翅包が発達し,終齢である5~6齢の皮膚を脱ぎすてるとりっぱな翅をもった成虫となる。幼虫は孵化(ふか)後はすぐにばらばらに生活し,草を食べて成長する。

 孵化したときに個体群密度が高く,その後もその傾向が続くと,周囲の個体と影響し合い,体色や性質などに変化を起こす。トノサマバッタやアフリカからインドにかけてみられるサバクトビバッタなどでは,体を身軽にし,飛行しやすい性質に変化する。これらのバッタの群集は個体群密度が高いため,居住しているところや周辺の食物をたちまち消費してしまうので,新たな食物生育地を目ざして移動する。このときの大群の移動が飛蝗(ひこう)(トビバッタ)として知られ,ことに農作物に大被害を与えることで恐れられている。飛蝗とならなくても,害虫もしくは害虫化の傾向をもつバッタ類は多数あり,日本のイナゴなどはその代表例である。こうしたバッタは現在は農薬で抑えられているものの,農薬をまかなくなると,たちまち勢力を回復することが知られているから,つねに監視することが必要である。

バッタの代表は,日本ではトノサマバッタショウリョウバッタで,ふつう草原や荒地によくみられる。イナゴ稲田や河原などにみられ,河原にはまたカワラバッタがいる。ほかにクルマバッタやヒナバッタ類,ミヤマフキバッタなどのフキバッタ類,オンブバッタなどがある。バッタ類の化石は第三紀から現れるので,祖先種の一部は白亜紀ころから出現していたであろうと考えられ,コオロギ類などよりははるかに新しい群である。なお,バッタ類近縁群にヒシバッタ類やノミバッタ類など,小型でまとまった群がある。

 なお,伝統的に日本では,聖書(例えば旧約聖書《出エジプト記》10:13~14)や欧米の文学書などを翻訳する際,飛蝗(トノサマバッタ,サバクトビバッタなど)のことを〈イナゴ〉と訳してきたが,これは〈バッタ〉と訳すべきものである。この飛蝗は中国,アフリカなどで昔から大害を与えてきている。
執筆者:

飛蝗の大群が襲来して,緑という緑を食いつくすありさまは,パール・バックの名作《大地》にも描かれるように,凄絶(せいぜつ)をきわめる。中国では古くから,官吏が貪欲(どんよく)苛虐であると飛蝗が飛来し,まごころをそなえていれば飛びすぎていくと信じられた。また飛蝗の害は大戦乱のあとに発生することが多かったので,戦死した兵卒の冤魂(えんこん)が飛蝗に化するなどともいわれ,7月の中元節前後には,成仏できない亡者の冥福を祈って〈目連戯〉が上演された。各地には,飛蝗を駆除する農事神〈駆蝗神〉も祭られたが,よく知られているのは,江蘇・浙江地方を中心とする〈劉猛将(りゆうもうしよう)〉と河北地方の昆虫を統べる〈虫王爺(ちゆうおうや)〉である。劉猛将は,清の雍正(1723-35)初年には江南各県に廟宇(びようう)が建てられ,正月13日に祭礼がいとなまれたという。蝗害は食物の供給にかかわる一大社会問題をひき起こすだけに,駆蝗神は農事にたずさわる民衆の切なる祈りの表れといえる。
執筆者:

英語でバッタをさすことばとして,まず該当するのはgrasshopperである。そしてその代表的な種類としてはマキバヒナバッタChorthippus parallelus(英名meadow grasshopper)があげられるであろう。〈地上の詩(うた)は死に絶えてはいない--〉という有名な句で始まるJ.キーツの《バッタとコオロギに寄せて》という詩の中で歌われているバッタも,この種のものと考えてさしつかえあるまい。触角の短いバッタ科の昆虫である。触角の長い,日本のキリギリス,クツワムシ,ツユムシのようなキリギリス科のものは,イギリスではbush cricketといっている。

 アメリカでは,locustという語をよく使うが,〈むさぼり食らう人〉〈破壊的な人〉という意味もあるように,この語は大発生して移動し,農業に大害を与える飛蝗すなわちトビバッタ(トノサマバッタの類)をさす。19世紀のアメリカにはたびたび蝗害があったために,locustということばは,ふつうのバッタ,イナゴ,そしてセミをさすときにも〈害虫〉のイメージを伴っている。またアメリカではキリギリス科のものをkatydid(catydid)と称するが,それはこれらの虫の声がKaty-Did-Katy-Didn'tと聞こえるからであるという(Katy,Catyは女性の名Katherine,Catherineの略)。つまりこれは欧米における虫の声の数少ない聞きなしの例であることになる。

 フランスでは主としてバッタ科のものをクリケcriquetと呼び,キリギリス科のものをソトレルsauterelleと呼んでいる。前者はバッタのキチキチという羽音もしくは鳴声(彼らは〈クリック〉と表現する)から,後者は跳ぶsauterという動詞から来たものである。したがって飛蝗はcriquet pèlerinまたはcriquet voyageurと呼ぶのが正しいとされているが,誤用の例はきわめて多い。またlocusteという語もバッタの意味で用いられる。
蝗害 →飛蝗
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「バッタ」の意味・わかりやすい解説

バッタ
ばった / 蝗
short-horned grasshopper
locust

昆虫綱直翅(ちょくし)目バッタ亜目のうちバッタ上科Acridioideaおよび少数の近縁群を含むものの総称。触角は短く、後肢が長大となり跳躍肢となっている昆虫群である。イボバッタやオンブバッタの雄のような20ミリメートル程度の比較的小さなものから、タイワンセスジイナゴのように7センチメートルを超える大形のものまで変化に富む。

[山崎柄根]

形態

体は縦形にやや平たい筒形で、褐色型と緑色型の両型をもつものもあるが、概して生息環境の背地に同調する同色性を示すものが多い。

 頭部は大きく、縦卵形またはショウリョウバッタのように体の前方に突き出る円錐(えんすい)体形で、触角は糸状が普通であるが、扁平(へんぺい)でやや幅広になるものもある。いずれにしても、コオロギ類やキリギリス類に比べてかなり短い。比較的大きな複眼をもち、短い触角とともに、感覚は目に大きく依存し、行動は日中に行われることを示している。口は典型的なかむ型で、1対の大あごは大きく頑丈である。前胸背板は鞍(くら)形をして後方に伸び、中・後胸を覆い隠す。前胸そのものは短く、胸部は中・後胸が占め、この部分の腹面は地面や植物体などへ着地することにあわせて平面になっている。前翅はさやばね状で、あまり幅広くなく、コオロギ類やキリギリス類のような発達した発音器はもたない。後翅は半円状を呈し、静止時には前翅下に扇子状に折り畳まれている。はねにはいろいろな退化傾向がみられ、まったく無翅のこともある。前・中肢は歩行のための脚(あし)であるが、後肢は腿節(たいせつ)が太くかつ伸長し、力強い跳躍肢となる。なお、脚の跗節(ふせつ)はいずれも3節からなる。一般に腹部第1節の側部に鼓膜があり、聴覚器となっている。腹端部の尾角は雌雄とも一般に単純。雄の生殖下板は半円錐状で、交尾器は複雑な骨片から形成され、とくに上陰茎板は独特の形になる。雌の産卵管は2対の頑丈な弁と中間にある短い1対の弁からなる。

[山崎柄根]

生態

バッタの大多数は草原の生活者である。砂漠にすむサバクバッタや礫(れき)のごろごろした河原を好むカワラバッタなどもあるが、もちろんこれらの種もまばらに存在する草地に依存している。亜熱帯や熱帯地方にはジャングル内に生息する種もある。生活する場は草の茎であったり、地上であったりする。いずれも草食性で、とくにイネ科植物が好まれる。また、例外なく昼行性である。

 いくつかの種の雄は、前翅や後肢腿節を用いて発音を行う。おもな発音の機構は、後肢腿節内面の発音小歯列を、後肢のリズミカルな動きによって、前翅の脈にこすりつける方式で、ヒナバッタ類やナキイナゴ類がこれを行う。トノサマバッタのように前翅中脈域に発音脈をもち、これを後肢内面の直線状構造物でこすって発音するようなものもある。いずれにしても発音機構は一様でない。

 雄はおおむね視覚や聴覚で雌を認知し、交尾を行う。雄は雌の性フェロモンに引き付けられることもある。交尾は、通常は雄が雌の背の上にのり、雄はS字状に腹部を伸ばして行われる。産卵は、上下の産卵弁を開閉しながら表土に穴をあけ、腹部をこの穴の中へ伸長させて底部に泡の塊をつくり、その中に卵を産み込み、卵鞘(らんしょう)を形成する。孵化(ふか)は同一卵鞘内ではほぼ同時におこり、卵鞘の蓋(ふた)の部分をあけて地上に出る。その後の変態は不完全で、幼虫は成虫と類似した形態となっている。ただし、幼虫は、相対的に頭部が大きく、また、はねのかわりに翅包という将来はねになる突起をもつ。

 トノサマバッタやサバクバッタのような種類では、個体の密度が高まってくると、虫自体の性質や形態が変化し、群集性が強まって、集団で行動するようになり、群飛する、いわゆる飛蝗(ひこう)となり、農作物を食い荒らす結果となる。日本でもトノサマバッタの大発生は数回おこったことが知られている。ほかにも害虫化する種は多く、イナゴ類やフキバッタ類は被害を大きくすることがある。

[山崎柄根]

分類

外国には特殊なバッタのグループがいくつか知られ、上科を異にしているが、そのほか大部分のバッタ類がバッタ上科に属する。そのうち日本のバッタ類はオンブバッタ科Atractomorphidae、バッタ科Acrididae、イナゴ科Catantopidae(バッタ科の亜科として扱うことも多い)などに分類される。オンブバッタ科にはオンブバッタ、バッタ科にはトノサマバッタ、クルマバッタなど、イナゴ科にはコバネイナゴ、ツチイナゴ、フキバッタなどが含まれる。

[山崎柄根]


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百科事典マイペディア 「バッタ」の意味・わかりやすい解説

バッタ

直翅(ちょくし)目バッタ科およびその近縁の科の昆虫の総称。触角は短く,体は頑強,後肢は長く,腿節(たいせつ)が肥大して,跳躍に適する。雄は後腿節と前翅を摩擦して発音する。多くの種類では聞き取りがたいほどの低音であるが,ナキイナゴやショウリョウバッタのようにかなり大きな音を発する種類もある。不完全変態。土中に産卵し,普通,卵で越冬するが,成虫で越冬する例外もあり,また暖地での越冬態は不定。多くの種類は1世代に約1年を要する。約5500種が知られ,熱帯地方に種類が多い。一般に植物の葉を食べ,イナゴ飛蝗(ひこう)のような害虫も少なくない。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バッタ」の意味・わかりやすい解説

バッタ
Acrididae; short-horned grasshopper

直翅目バッタ科に属する昆虫の総称。広義にはバッタ上科および近縁群を含む。バッタ科は中型ないし大型の昆虫で,筒状の体は左右にやや扁平で,頭部は上下に長い。触角は糸状で短い。翅は長翅,短翅または無翅で,長翅のものは飛翔力が強い。肢の 跗節は3節で,後肢は発達した跳躍肢になっている。雄が後肢腿節を腹部または翅と摩擦して発音する種が多い。聴覚器がある場合は腹部第1節の両側に鼓膜として存在する。雌の産卵管は短い。熱帯に多く,全世界に約 5500種を産する。 (→直翅類 , 飛蝗 )  

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世界大百科事典(旧版)内のバッタの言及

【セミ(蟬)】より

…《イソップ物語》の〈アリとセミ〉の話は,セミのいない国では〈アリとキリギリス〉に置き換えられた。英米人はセミについての明確な認識がないために,本来,イナゴ,バッタを表すlocustという語でセミを指すことが多い(ジュウシチネンゼミseventeen‐year locustなど)。しかしギリシア,南イタリア,南フランスなどではセミは詩に歌われ(アナクレオン,ウェルギリウスなど),《イソップ物語》など寓話,民話に登場し,また民芸品のモティーフとしても扱われる。…

【飛蝗】より

…トビバッタとかワタリバッタなどともいう。大群をなして飛びながら大きく移動し,農作物などに大害を与えるバッタ類のことで,世界から十数種が知られている。とくにアフリカからインドにかけて見られるサバクバッタ(砂漠飛蝗,サバクトビバッタ),アフリカからユーラシアに広く分布し,日本にもいるトノサマバッタ(移住飛蝗)(イラスト)の二つが有名である。これらの種では,大発生はおもに大河流域の乾燥草原で起こり,そこから移動を始める。…

【イナゴ(稲子)】より

…日本でもっともふつうに見られる代表的なバッタの一つ。水田の害虫として知られる。…

【蝗害】より

…大群で移動しつつ農作物を加害するバッタ類の成・幼虫の害をいい,蝗災ともいう。これらのバッタ類の害は古くから世界中で知られ,エジプトでの多発例は旧約聖書にも記され,中国では前1200年ころから記録されている。…

※「バッタ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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