ハス(蓮)(読み)はす(英語表記)lotus

翻訳|lotus

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハス(蓮)」の意味・わかりやすい解説

ハス(蓮)
はす / 蓮
lotus
[学] Nelumbo nucifera Gaertn.

ハス科(APG分類:ハス科)の多年生水草。根茎は泥中を横にはい、先端部は養分を蓄えて肥厚する。葉は盾状、葉身は円形で径30センチメートル、水面に浮かぶ浮葉と、長い葉柄がある空中葉の2型がある。花は大形、桃色の花弁が多数ある。果実は楕円(だえん)形で、逆円錐(えんすい)形の花床に埋没する。根茎の肥厚部を蓮根(れんこん)といい、食用とされる。蓮根の栽培は日本や中国、東南アジアで古くから行われている。日本でよく栽培されている品種には収量が多い支那(しな)種と耐寒性の強い備中(びっちゅう)種があり、ともに中国から導入された。栽培には古くは池や沼を利用していたが、しだいに水田で行われるようになった。最近ではビニルハウスを使っての促成栽培も行われている。植物体全体にネルビンと称するアルカロイドを含み、止血、強心薬として用いる。また花が美しいので、古くからハナバスとして栽培されており、数多くの園芸品種がつくりだされている。ハナバスの品種は花の色、大きさなどで大別される。多頭蓮は一つの花の上にいくつもの花がついた品種である。日本独特の品種として小形のチャワンバスがある。栽培は庭園などの池にされるが、チャワンバスは小型の鉢(はち)でつくられる。ハス属は2種しかなく、他の1種は黄色花を開くキバナバスN. lutea (Willd.) Pers.で、北アメリカ南部に分布する。本属は以前はスイレン科に分類されていたが、種子内胚乳(はいにゅう)と外胚乳のないことや、花粉の形の違いなどを重視して、独立のハス科とするのが一般的である。

[伊藤元巳 2020年4月17日]

食品

地下茎(蓮根)を食べる。糖質を13.4%含み、タンパク質は2.4%、無機質やビタミン類は少ない。糖質の大部分はデンプンである。組織が柔らかく色白く、切り口の穴が小さく、節(ふし)の少ないものが上質とされる。料理は煮物、炒(いた)め物、揚げ物、すしの具、からし漬け、福神漬けの材料の一つとされる。蓮根の切り口は変色して褐色になりやすい。含有するポリフェノールが酸化されるためである。切ってすぐ水に浸してあくを抜き、また煮るときに20%の酢を加えると、白くきれいに仕上がる。煮るときに鉄鍋(なべ)は避ける。また酢を加えて短時間煮ると、含まれるムチン様物質が粘性を失い、さくさくと歯切れがよくなる。長く煮ると滑らかな舌ざわりになる。

 ハスの実(種子)も食用とされ、デンプンのほかにアミノ酸組成にリジンの多い良質タンパク質を含む。未熟のものは甘く、生食や砂糖漬けとし、完熟したものはスープ、煮物、菓子材料とする。水煮の缶詰が中国から輸入されていて中国料理に使われる。餅(もち)や蒸し糯米(もちごめ)と肉を葉で包んで蒸すなど、葉も香りをつける中国料理に使われる。

[星川清親 2020年4月17日]

文化史

モヘンジョ・ダーロ(インダス文明遺跡)からハスの飾りが出土し、仏教以前の古代インドでも、すでに多産や生命誕生のシンボルとされていたとみられる。汚い泥中から清純な花を咲かせるハスは、極楽浄土に見立てられ、仏教と強く結び付いた。中国では仏教が伝わる前から栽培下にあり、周代の『詩経』に名がみえ、『爾雅(じが)』(前2世紀)には茎、若い地下茎、蓮根、種子、花などにそれぞれ別な漢字があてられ、利用されていた。ハスは日本に自生し、化石が出土している。大賀(おおが)ハスは、千葉市花見川区検見川(けみがわ)の2000年前の地層から、大賀一郎によって3粒の種子が発見され、よみがえった。古代ハスともよばれ、花粉粒が集合したままの特殊な特徴をもつ。

 蓮根は古くはハチスの根とよばれ『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』(713ころ)に初見する。ハスの葉柄や蓮根からは蓮糸(はすいと)がとれる。それでつくった奈良県當麻寺(たいまでら)中之坊の九条袈裟(くじょうげさ)は名高い。ハスはほかにも余すことなく利用できる有用植物で、葉は器にされ、台湾などではご飯を包んで蒸したり、若葉を刻み飯に混ぜ、種子の子葉を蒸したり、砂糖で煮たり、砕いたりして食べる。花茎はタイで野菜にされ、葉柄の付け根のところで葉に穴を開けると、風変わりな酒杯となる。種子の幼芽は非常に苦く、それを乾かした茶は口の乾きをいやし、食欲増進に使う。中国では蓮根からデンプンを製造する。

[湯浅浩史 2020年4月17日]

文学

古くは「はちす」とよばれ、『古事記』雄略(ゆうりゃく)天皇条にみえ、『万葉集』に「蓮葉(はちすば)はかくこそあるもの意吉麻呂(おきまろ)が家にあるものは芋(いも)の葉にあらし」(巻16・長(ながの)意吉麻呂)などとあり、常陸(ひたち)・出雲(いずも)・肥前(ひぜん)などの『風土記』にもみえる。平安時代になると仏教色が強くなり、蓮台(れんだい)という語があるように極楽浄土に咲く花とされ、『古今集』には逆説的に「蓮葉の濁りに染(し)まぬ心もて何かは露を玉とあざむく」(夏・遍昭(へんじょう))と詠まれ、『枕草子(まくらのそうし)』「草は」の段にも「蓮葉、よろづの草よりもすぐれてめでたし」と記され、『拾遺集(しゅういしゅう)』には「一度(ひとたび)も南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と言ふ人の蓮の上に上らぬはなし」(哀傷・空也(くうや))とある。御伽草子(おとぎぞうし)の『文正(ぶんしょう)ざうし』には、文正が蓮華の夢想により授かった2人の姫君に「蓮華」「蓮御前(はちすごぜん)」という名前をつけた、とある。夏の季題。「さはさはとはちすをゆする池の亀」(鬼貫(おにつら))。

[小町谷照彦 2020年4月17日]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハス(蓮)」の意味・わかりやすい解説

ハス(蓮)
ハス
Nelumbo nucifera; lotus

ハス科の多年生水草。熱帯アジア原産と考えられているが,日本には非常に古く中国から渡来し,広く各地の池,沼,水田などで栽培される。地下茎は細くて節が多く,長大となり,水底の泥の中をはう。葉は地下茎の節より出て,柄は長く直立し,水面に出る。葉身は扁円形の楯形で径 40~50cm,葉脈が四方に放射している。夏の早朝に,水上に直立した花柄の先に大型のスプーン形の白ないし紅色の花をつける。萼は 2~5枚で小型,花弁は 20~30枚で,花が終わったあとに蜂巣状の花托上面の穴に多数の堅果が熟する。晩秋,葉が枯れた頃に肥大する地下茎の末端部を蓮根(れんこん)として食用にする。このほか,デンプン質に富んだ種子(ハスの実)もあん(餡)などとして食べられる。ハスの種子は非常に長期にわたって発芽力をもつことでも有名である。なお,ハスの花は仏教で蓮華と呼ばれ,仏が座するとされる。またインドやスリランカでは,ヒンドゥー教神話における宇宙の創成と結びついて特別視される。

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百科事典マイペディア 「ハス(蓮)」の意味・わかりやすい解説

ハス(蓮)【ハス】

熱帯アジア原産のハス科の多年生水生植物。日本に自生していたかどうかははっきりしない。観賞用(花バス),食用(レンコン)として古くから各地の池や沼,水田で栽培され,特に花バスには多くの品種がある。水底の泥の中をはう地下茎の節から長い柄をのばし,径30〜50cmのほぼまるく楯(たて)形をした葉を水面上に出す。夏の朝,水の上につき出る太い花茎の先に1花を開く。花は径10〜25cmで,芳香があり,花弁は20数枚,花色は淡紅,紅,白など。花托はハチの巣状をなし(古名,蜂巣はこれによるといわれる),その穴の中にできた果実は堅い暗黒色の果皮で種子を包んでいる。種子の寿命はきわめて長く,1000年以上前の種子の発芽も知られる。秋の末に地下茎の先端の肥大したものが野菜の蓮根(れんこん)で,種子も食用になる。また薬用植物としても古くから知られ,止血や強壮に用いられる。
→関連項目ハチス

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