ハインリヒ2世

改訂新版 世界大百科事典 「ハインリヒ2世」の意味・わかりやすい解説

ハインリヒ[2世]
HeinrichⅡ
生没年:973-1024

ザクセン朝最後のドイツ国王(在位1002-24),神聖ローマ皇帝(在位1014-24)。バイエルン大公ハインリヒの息子。オットー3世が子供を残さず早世した後,傍系から入って王位を継いだ。前任者オットー3世のイタリア重視政策に対し,ドイツ国内の体制固めに努め,とくにポーランド王ボレスワフ1世と争って,その進出を押さえ,ザクセン朝伝統の帝国教会政策踏襲,バンベルク司教区を新設したほか,ゴルツェ修道院の主導する教会改革を支持した。
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367日誕生日大事典 「ハインリヒ2世」の解説

ハインリヒ2世

生年月日:973年5月6日
ザクセン朝最後のドイツ王,神聖ローマ皇帝(在位1002〜24)
1024年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のハインリヒ2世の言及

【ゴスラー】より

…史料初出は922年,10世紀後半以来銀鉱採掘に伴う鉱山村落として発足。皇帝ハインリヒ2世は,その経済的重要性に着目してこの地に宮廷を移し,同3世が王宮を造営。13世紀にはザクセン都市同盟,ハンザ同盟の構成員として飛躍的発展をとげ,1290‐1340年の間に帝国都市の地位を獲得。…

【リーグニツの戦】より

…1241年4月9日,シュレジエン南西のリーグニツLiegnitz(現,ポーランド領レグニツァ)の南東ワールシュタットWahlstattで,バイダルの指揮するバトゥ麾下(きか)のモンゴル軍団がシュレジエン公ハインリヒ2世のドイツ・ポーランド軍を破った戦い。ワールシュタットの戦ともいう。…

※「ハインリヒ2世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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