ハイパーインフレーション(読み)はいぱーいんふれーしょん(英語表記)hyperinflation

翻訳|hyperinflation

改訂新版 世界大百科事典 の解説

ハイパー・インフレーション
hyper inflation

物価上昇の勢いが激しく,1ヵ月間に数十%もの上昇が一定期間続く状態をいう。超インフレーションと訳される。第1次世界大戦後のドイツの例が最もよく知られているが,ほかにもほぼ同じころ起こったオーストリアハンガリーソ連などの例や,第2次大戦後のギリシア,ハンガリー,中国の例をあげることができる。また第2次大戦後の日本を含めることもある。

こうした悪性インフレーションは,これまで平時に起こったことはないとされ,戦争や革命などに伴って起こっている。このような時期には政府支出は戦費等から巨額にのぼる反面,徴税機能は社会的混乱からきわめて弱体化しているため,財政支出のほとんどが紙幣増発によって賄われる。たとえ赤字公債が発行されても,資本市場はその機能をほとんど停止しているから市中消化は不可能であり,結局,中央銀行引受けにより発行されるために銀行券の発行増加をきたしてしまう。

 一方で,こうした時期には民需物資の生産は,社会混乱や,戦争の影響で,平時に比べるといちじるしく低下している。また戦時下においては,国債の強制的な割当消化や,消費財の入手難などから,家計は平時に比べて多額の金融資産を保有しており,終戦による戦時統制の撤廃とともに,これらの資産をもって消費財を購入しようとする。これらの理由で,少ない財を大きな購買力が奪い合うことになり,物価は急激に上昇する。政府が機能していくために必要なコストも当然急増するが,これを賄うために安易な紙幣の増発を行うと,次の物価上昇の種がまかれることになり,インフレが悪性化していく。また通貨価値の連続的な低下が明らかとなるにつれて,貨幣の保有者はできるだけ速やかに財と交換しようとするために,貨幣の流通速度は上昇し,物価の上昇率は通貨の増加率を大きく上回るようになる。そして,ついには取引の多くが貨幣表示ではなく,価値のより安定した実物財や外国通貨を基準としたり,あるいは物々交換の形をとったりするに至り,貨幣はその機能のほとんどを失ってしまう。

史上最も名高い第1次大戦後のドイツの超インフレの場合は,政府は戦後も戦時下に引き続き紙幣増発による赤字財政を踏襲していた。これに天文学的数字の賠償額が課せられたことから,マルク不安は決定的となり,1922年中にマルクの価値は1ドル162マルクから7000マルクまで暴落した。さらに23年には賠償の進捗状況を不満として,フランス,ベルギー両軍が工業の中心地であるルール地方を占領したため,生産活動は大打撃を受け,破局的なインフレが現出した。そして同年10月には,戦前比で通貨量は2940億倍,卸売物価は1兆2600億倍に達し,1ドルは4兆2000億マルクとなった。同月,政府はようやく,発行限度をもち,全産業(農業・商工業)の保有資産を担保としたレンテン銀行券(新設のドイツ・レンテン銀行が発行,その価値単位がレンテンマルクRentenmark。Rente(n)は地代の意)を発行し,旧マルクを1レンテンマルク=1兆旧マルクの比率で回収することを決め,以後は紙幣発行による赤字財政を中止した。これらの措置によりインフレは急速に終息し,レンテンマルクは安定した通貨価値をもつことに成功した。なお,このことを〈レンテンマルクの奇跡〉という。
インフレーション
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ハイパーインフレーション
はいぱーいんふれーしょん
hyperinflation

きわめて短い間に物価が急激に高騰する激しいインフレーション。超インフレーション、ハイパーインフレともいう。経済学者フィリップ・ケーガンPhillip D. Cagan(1927―2012)による定義では「インフレ率が毎月50%を超えること」であり、国際会計基準の定めでは「3年間で累積100%以上の物価上昇」である。そのおもな原因としては、政府による貨幣や国債、手形の乱発があげられ、とくに歳出や戦費のために大量に紙幣を印刷したことで通貨価値が暴落することが主因とされる。

 第一次世界大戦後のドイツの例がもっともよく知られるが、近年では1990年代末からみられたアフリカのジンバブエが直面した事例が有名である。ジンバブエでは、2008年にインフレ率が最大800億%程度に達し、額面100兆ジンバブエ・ドルの紙幣が流通した。さらに異常なインフレが進んだために、政府は物価統計の公表を取りやめた。2009年には通貨発行を停止し、外国通貨を使って経済取引を実施している。

 現代の大半の中央銀行では、このような状況を招く可能性は低い。なぜなら、政府の圧力によって金融政策を行わないように、主要中央銀行がインフレ率2%程度の「物価の安定」を目ざして、政府と独立した立場で金融政策を運営する体制に移行しているからである。また、主要中央銀行は、自行の財務基盤の健全性を維持するように配慮しながら金融政策を運営していることからも、ハイパーインフレを招く可能性は低いといえる。

[白井さゆり 2016年12月12日]

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世界大百科事典(旧版)内のハイパーインフレーションの言及

【インフレーション】より

… インフレーションは,インフレ率,つまり物価指数の上昇率の大きさによって,クリーピングcreeping(忍び足),ギャロッピングgalloping(駆足),ハイパーhyper(超)等の形容を付されることがある。おおまかに年率数%以下がクリーピング・インフレーション,10%を超えるとギャロッピング・インフレーションといわれるが,月率数十%以上になるとハイパー・インフレーションになる。このほかにも1970年代にポピュラーとなった〈2けたインフレdouble digit inflation〉という形容もある。…

※「ハイパーインフレーション」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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