ニュー・アート・ヒストリー(読み)にゅーあーとひすとりー(英語表記)new art history

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ニュー・アート・ヒストリー
にゅーあーとひすとりー
new art history

1970~1980年代に提唱された美術史研究の潮流。同時代の文学思想における記号論、ポスト構造主義、ポスト・モダニズムの展開と呼応し、その理論的成果を積極的に取り入れ、フェミニズム、精神分析、ポスト・コロニアリズム(植民地支配が終わった後に残る植民地主義的制度や文化)批判、メディア・スタディとも緊密に結びついたアプローチを特徴とする。

 伝統的な美術史を真っ向から批判した批評家ジョン・バージャーJohn Berger(1926―2017)の『イメージ――視覚とメディア』Ways of Seeing(1972)がその嚆矢(こうし)とされ、以後10年余のうちに、ノーマン・ブライソンNorman Bryson(1949― )、スベトラーナ・アルパーズSvetlana Alpers、マイケル・バクサンドールMichael Baxandall(1933―2008)ら、この立場を代表する研究者たちの仕事が続々と世に問われた。彼らの仕事にはいずれも既存の美術史に対する強い批判精神が通底しており、例えばブライソンは、従来の美術史を知覚主義の産物として批判する。知覚主義とは絵画を知覚の記録とみなす立場で、この観点からは美術史は絵画を克明でリアルな知覚の記録としてしか扱うことができず、ルネサンス以降の多様な絵画的表現を評価することはできないというのがその批判の骨子であった。ブライソンのこのような考え方は、作品の社会的意味の解読という本来の目的を忘れ、解読のための解読として自己目的化していた当時のイコノロジー図像解釈学)やイコノグラフィー図像学)の閉塞状況に対する批判という側面が強く、そうした側面は一方でミシェル・フーコーらの歴史研究を積極的に取り入れる姿勢とつながった。

 他方、ニュー・アート・ヒストリー台頭は、それまで長らく埋もれていたドイツの美術史家アビ・ワールブルクの再評価という副産物をもたらした。芸術の自立性の根拠である美的概念の批判、古代と現代、新世界と旧世界を横断しようとする文化学の試み、言語以前の無意識の水準におけるイメージ解釈などを駆使するワールブルクの研究手法は長らく美術史研究上の傍流とされていたが、ニュー・アート・ヒストリーが目指す方向とも大きく重なっていた。ワールブルクの解釈は、ニュー・アート・ヒストリーの一派を大いに魅了し、なかでもバクサンドールの仕事は、ワールブルクの影響が極めて強いことで知られる。しかし、ニュー・アート・ヒストリーは1970年代から1980年代の知的流行と軌を一にした言説であったことは間違いなく、一定の時間を経ると、かつての先端的な役割をビジュアル・カルチャー・スタディ(美術史研究のカルチュラル・スタディ。表象論やジェンダー研究などの側面を強く持つ)のようなより新しい研究アプローチへと譲った。

[暮沢剛巳]

『マイケル・バクサンドール著、篠塚二三男ほか訳『ルネサンス絵画の社会史』(1989・平凡社)』『スヴェトラーナ・アルパース著、幸福輝訳『描写の芸術』(1993・ありな書房)』『ロバート・S・ネルソン、リチャード・シフ著、加藤哲弘ほか監訳『美術史を語る言葉』(2002・ブリュッケ)』

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