ドルバック(読み)どるばっく(英語表記)Baron d'Holbach, Paul Henri Dietrich

精選版 日本国語大辞典 「ドルバック」の意味・読み・例文・類語

ドルバック

(Paul Henri Thiry d'Holbach ポール=アンリ=チリ━) フランス哲学者啓蒙思想家、百科全書家。ドイツの貴族出身。ディドロ友人主著「自然の体系」で無神論唯物論を展開した。(一七二三‐八九

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デジタル大辞泉 「ドルバック」の意味・読み・例文・類語

ドルバック(Paul Henri Dietrich d'Holbach)

[1723~1789]フランスの哲学者。ドイツに生まれ、フランスに帰化。百科全書の事業参加。著「自然の体系」「キリスト教暴露」など。ホルバハ

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ドルバック」の意味・わかりやすい解説

ドルバック
どるばっく
Baron d'Holbach, Paul Henri Dietrich
(1723―1789)

フランス啓蒙(けいもう)期の唯物論者無神論者。ドイツ南西部(現、ラインラント・プファルツ州)のエーデスハイム生まれ。ドイツ人貴族であったが、若いころからパリで生活し、ディドロとの交遊を通して『百科全書』に鉱物学、化学、博物学などの項目を執筆した。さらに1759年ダランベールが『百科全書』から手を引いてからは、自然科学関係の項目の編集に協力した。また彼の家で定期的に開催されたサロンには、ルソーコンディヤック、ラ・メトリら当時の著名な啓蒙思想家の多くが姿を現したが、主著『自然の体系』(1770)はこのサロンでの議論を集大成したものと思われる。

 ドルバックはディドロと並んでひときわ徹底した唯物論者であったが、とくに「宗教は人間の幸福と進歩の敵である」と断言し、『キリスト教暴露』(1756)以来の全著作を通して、信仰迷信とに激しい批判を加えた。しかし政治思想に関しては、『良識論』(1772)、『社会の体系』(1773)、『普遍道徳論』(1778)にみられるように、社会悪の原因を個人の無知に求め、政治問題の解決の手段としての革命を認めなかった。

[坂井昭宏 2015年5月19日]

『野沢協訳『キリスト教暴露』(1968・現代思潮社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ドルバック」の意味・わかりやすい解説

ドルバック
Paul Henri Thiry, baron d'Holbach
生没年:1723-89

ドイツに生まれ,フランスに帰化した哲学者。ライデン大学で自然科学を学び,パリに戻ると,まだ無名の知識人ディドロ,グリム,ルソーたちと交友。ディドロ,ダランベール編集の《百科全書》には,化学,地質学など多数の項目を寄稿した。彼のパリの屋敷と近郊の別荘は,百科全書派の集会所であった。1760年に死亡しているミラボーの名で出版した主著《自然の体系》(1770)は,第1巻で唯物論的自然・人間論を,第1巻末尾と第2巻で徹底した無神論の主張を展開している。そこでは,人間の道徳的行為の動機である愛情,憎悪,利己心は,それぞれ物理学の引力,斥力,慣性との類比によって説明されている。このほか,《キリスト教暴露》(1767),《神聖伝染》(1768),《ウジェニーあての手紙》(1768)など,多くの徹底したキリスト教批判文書を偽名で刊行し,〈神の敵〉と称された。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドルバック」の意味・わかりやすい解説

ドルバック
Holbach, Paul Henri Thiry, baron d'

[生]1723.12. エーデスハイム
[没]1789.6.21. パリ
ドイツ生れのフランスの哲学者。オルバックともいう。精神と肉体の同一性を説く徹底的な唯物論者。百科全書派の一人で,『百科全書』では化学,鉱物学の項目を担当。そのサロンにはディドロ,F.M.グリム,ビュフォン,エルベシウスらが集った。『暴露されたキリスト教』 Le Christianisme dévoilé (1761) などで,宗教を理性と自然に反するものとして激しく攻撃,ディドロらが協力した主著『自然の体系』 Système de la nature (1770) は,啓蒙思想の諸傾向 (ラ・メトリの唯物論,コンディヤックの感覚論,ディドロの決定論,エルベシウスの功利主義など) を整理,総合しようとした論文。そのほか社会道徳,社会哲学を説いた著書がある。

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百科事典マイペディア 「ドルバック」の意味・わかりやすい解説

ドルバック

ドイツに生まれフランスに帰化した啓蒙期の哲学者。ディドロ,ルソーらと交わり,《百科全書》に多くを寄稿した。主著《自然の体系》(1760年)は徹底した唯物論,無神論の書。ほかに《キリスト教暴露》(1767年)。
→関連項目アンシクロペディスト

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ドルバック」の解説

ドルバック
Paul Henri Dietrich, baron d'Holbach

1723~89

フランスの哲学者。ディドロルソー,ラグランジュらと交わり,自宅に啓蒙主義者のサロンを開いた。彼らの説をとりいれて『自然体系』(1770年)を著し,『百科全書』にも多く執筆した。

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世界大百科事典(旧版)内のドルバックの言及

【啓蒙思想】より


[認識論・知識論]
 人間の理性が啓示や宗教的権威から独立にもちうる力の一面を身をもって示したガリレイ,ニュートンの名に象徴される近代自然科学の成立が,理性の自律を説く啓蒙思想にとってはかり知れないうしろだてとなった。啓蒙の認識論のスタンダードを定めたといってもよいロックの経験論から,さらには自然科学的説明方式の力により全面的に依拠したドルバックらの唯物論,人間機械論の哲学にいたるまで,この動向をぬきにしては考えられない。ロックの経験論は,イギリスでは,ヒュームの懐疑論にまで徹底され,またフランスに移植されてコンディヤックの感覚論を生む。…

【進化論】より

…18世紀的唯物論がこれに加わる。モーペルテュイ,ビュフォン,ディドロ,ドルバックらが主要な進化思想家としてあげられる。モーペルテュイとビュフォンが,ボルテールとならんでフランスへのニュートン力学の紹介者であることは,この力学がフランス思想に自然の合則性の観念を直接培って,進化観念の土台を準備したことを示している。…

※「ドルバック」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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