ドリュ・ラ・ロシェル(読み)どりゅらろしぇる(英語表記)Pierre-Eugène Drieu La Rochelle

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ドリュ・ラ・ロシェル」の意味・わかりやすい解説

ドリュ・ラ・ロシェル
どりゅらろしぇる
Pierre-Eugène Drieu La Rochelle
(1893―1945)

フランス小説家、文明批評家。パリ生まれ。彼の生涯を通じての思想上の問題は、ヨーロッパの、その中心であるフランスのデカダンスをいかにして克服するかということであった。初めはシュルレアリスムの運動に参加したが、この芸術運動が現実変革の運動たらんとして、たとえばアラゴンのようにコミュニズムに傾斜していったのに反し、ドリュはヨーロッパとフランスの蘇生(そせい)の道をファシズムに求めたのであった。政治評論『フランスの測定』(1922)、『ジュネーブモスクワか』(1928)などで表明された懐疑低迷は、1936年にファシズムの政党フランス人民党に入党することによって、いちおうの終止符を打つことになる。この間の精神的彷徨(ほうこう)は、『奇妙な旅』(1933)や『夢見るブルジョワジー』(1937)、さらには、もっとも直截(ちょくせつ)的に自伝風長編小説『ジルGilles(1939)に詳しい。しかし彼はフランス人民党の低俗な現実主義にまもなく愛想を尽かすに至る。第二次世界大戦中に『NRF(エヌエルエフ)』誌の編集長として対独協力したことや、その他のファシスト的言動が災いして、45年6月に新政府から逮捕令状が発せられた。令状を機に自らの命を絶った彼の遺稿『秘められた物語』Récit secret(1961)には、あらゆる政治に深く絶望していた彼の姿がうかがわれる。

[若林 眞]

『若林眞著『絶対者の不在』(1973・第三文明社)』『河野健二編『ヨーロッパ――1930年代』(1980・岩波書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドリュ・ラ・ロシェル」の意味・わかりやすい解説

ドリュ・ラ・ロシェル
Drieu la Rochelle, Pierre

[生]1893.1.3. パリ
[没]1945.3.16. パリ
フランスの小説家。政治学学校に学び,M.バレス,ニーチェに傾倒。第1次世界大戦勃発とともに従軍,数度にわたって負傷。エッセー『フランスの測定』 Mesure de la France (1922) ,短編集『未知の者への訴え』 Plainte contre inconnu (24) ,小説『女たちに覆われた男』L'Homme couvert de femmes (25) ,『鬼火』 Le Feu follet (31) などを著わし,戦後の若者たちの不安を表現した。また,1930年頃から,ヨーロッパ統合の夢をファシズムに託して,エッセー『ファシズム的社会主義』 Socialisme fasciste (34) ,小説『夢見るブルジョア娘』 Rêveuse bourgeoisie (37) ,スペインにおもむく一ファシストの成長を綴った代表作『ジル』 Gilles (39) ,戯曲『首領』 Chef (44) などを発表。第2次世界大戦中,『NRF』誌の編集長としてドイツ占領軍に協力,パリ解放の直後,自殺した。

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百科事典マイペディア 「ドリュ・ラ・ロシェル」の意味・わかりやすい解説

ドリュ・ラ・ロシェル

フランスの作家。両大戦間にあって社会改革を目ざしたが,のちファシスト的社会主義に転じ,パリ解放後自殺。不安の文学を代表する短編集《未知なるものへの愁訴》(1924年),小説《夢みるブルジョアジー》(1937年),《ジル》(1939年)など。

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