ドス・パソス(読み)どすぱそす(英語表記)John Roderigo Dos Passos

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ドス・パソス」の意味・わかりやすい解説

ドス・パソス
どすぱそす
John Roderigo Dos Passos
(1896―1970)

アメリカの小説家。著名な弁護士の子として1月14日シカゴに生まれる。幼年期には当時まだ内縁関係の両親と欧米各地を旅行する機会が多かった。ハーバード大学で審美主義と前衛芸術に心酔したのち、野戦衛生隊に加わって第一次世界大戦に参戦、フランス、イタリア両戦線に従軍、この体験をもとにして、二つの急進的な軍隊小説『ある男の入門』(1920)および『3人の兵士』(1921)を出版した。戦後はパリで「失われた世代」の作家たちと交わり、また各地を旅行して優れた紀行『ロシナンテ再び旅立つ』(1922)、『オリエント急行』(1927)、『あらゆる国々にて』(1934)を書いたが、その間社会を総体として描く方法を模索し、『夜の街々』(1923)を経て、多数視点と同時性の手法を極限まで押し進めたニューヨークパノラマ『マンハッタン乗換駅』(1925)を発表した。

 彼は早くから社会主義に共感を寄せていたが、1927年サッコとバンゼッティの処刑を契機に急速に共産党に接近、32年の大統領選挙に際しては、共産党選出の候補を支持したほか、プロレタリア演劇運動にも関係して劇作を試みた。同時に『U・S・A(ユーエスエー)』の執筆にとりかかり、30年『北緯四十二度線』、32年『1919年』、36年『ビッグ・マネー』を出版、38年にまとめて一巻本三部作として刊行した。この大作によって大不況時代の代表作家と目されたが、やがて共産党の政策転換に失望、しだいに左翼陣営から遠ざかり、『U・S・A』出版のころには左翼運動から退いた。共産党の党利党略犠牲となってスペイン市民戦争で死ぬ一青年を主人公にした『ある青年の冒険』(1939)をはじめ、『ナンバー・ワン』(1943)、『大いなる企画』(1949)からなる第二の三部作『コロンビア区』(1952)で、あらゆる政治理念への絶望を表明した。かつては共産党選出の大統領候補を熱烈に支持した彼が、60年の大統領選挙では共和党選出候補支持の行動をとったことで、広範な読者を失望させ、驚かせた。後期の主要作品として『U・S・A』の手法を使った『世紀の半(なか)ば』(1961)、自伝『最良の時代』(1966)など。また『トマス・ジェファーソンの理知と心情』(1954)、『国を築いた人々』(1957)、『ウィルソン氏の戦争』(1962)そのほか政治、歴史関係の著作が多い。70年9月28日没。

[平野信行]

『杉木喬訳『現代アメリカ文学全集17 ある青年の冒険』(1958・荒地出版社)』『尾上政次訳『北緯四十二度線』(『世界文学大系87』所収・1963・筑摩書房)』『西田実訳『新集世界の文学36 マンハッタン乗換駅』(1969・中央公論社)』『大橋健三郎編『20世紀英米文学案内21 ドス・パソス』(1967・研究社出版)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドス・パソス」の意味・わかりやすい解説

ドス・パソス
Dos Passos, John (Roderigo)

[生]1896.1.14. シカゴ
[没]1970.9.28. メリーランド,ボルティモア
アメリカの小説家。いわゆる「失われた世代」の一人。ポルトガル系移民の弁護士を父に生れ,1916年ハーバード大学卒業後第1次世界大戦に従軍,この体験に基づいて処女作『ある男の入門-1917年』 One Man's Initiation-1917 (1920) と『3人の兵士』 Three Soldiers (21) を発表し,さらにニューヨークの退廃と疎外とを描いた『マンハッタン乗換所』 Manhattan Transfer (25) によって作家として名声を確立。この頃サッコ=バンゼッティ事件を契機に共産主義に接近し,20世紀初頭から 20年代末までのアメリカを舞台に,資本主義社会における人間の堕落と退廃を描いた長編3部作『北緯 42度』 The 42nd Parallel (30) ,『1919年』 1919 (32) ,『大資本』 The Big Money (36) を次々に発表,38年これを『U.S.A.』としてまとめた。スペイン内乱以後共産主義から離れ,『ある青年の冒険』 Adventures of a Young Manに始る3部作『コロンビア特別区』 District of Columbia (39~49,52年にまとめて刊行) などを書いたが,戦後にはみるべき作品は少い。

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百科事典マイペディア 「ドス・パソス」の意味・わかりやすい解説

ドス・パソス

米国の作家。ハーバード大学卒業後,第1次大戦に参加,その体験を《ある男の入門―1917年》(1920年),《3人の兵士》(1921年)に書く。大戦後は〈ロスト・ジェネレーション〉の作家たちと交わり,都会生活を挿話でつづった《マンハッタン乗換駅》(1925年)などで社会批判を行い,1926年には代表作《U.S.A.》(1938年)を起稿。これは映画を思わせる独自の技巧で資本主義社会の孤独と絶望を描いた3部作《北緯42度線》《1919年》《巨富》からなり,20世紀小説の一金字塔とされる。

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