トランプ(Donald John Trump)(読み)とらんぷ(英語表記)Donald John Trump

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

トランプ(Donald John Trump)
とらんぷ
Donald John Trump
(1946― )

アメリカ合衆国第45代大統領(在任2017~2021)。1946年、ニューヨーク市で、不動産業を営むフレッド・トランプFred Trump(1905―1999)の次男として生まれる。フォーダム大学を経てペンシルベニア大学ウォートン・スクールに編入し、不動産経営を専攻。1971年に父の会社を受け継ぐと、事業の中心を中所得者層向け住宅から高級不動産開発やリゾート開発へと移した。1983年にマンハッタン5番街に完成したトランプ・タワーはその象徴的建築であり、傘下の企業を束ねるトランプ・オーガニゼーションの中枢である。20代からマス・メディアに積極的に登場し、自身の名を冠した衣料品や食品を展開するなど自身のブランド化を図り、さらに2004年から2015年までビジネス・リアリティ番組「アプレンティスThe Apprentice」(NBCテレビ)の司会として顔を広めた。

 1980年代よりたびたび政界進出がうわさされ、2000年の大統領選挙ではアメリカ改革党の候補者指名を競ったが撤退。2016年、「偉大なアメリカをふたたび」「アメリカ第一主義」をスローガンに掲げ、共和党から出馬。知名度は高いものの政治経験が皆無であることから泡沫(ほうまつ)候補とみられていたが、職業政治家や政治エリートを既得権益層と批判することで支持を集め、父と兄を元大統領にもつ元フロリダ州知事ジェブ・ブッシュJeb Bush(1953― )、上院議員マルコ・ルビオMarco Rubio(1971― )、右派の上院議員テッド・クルーズTed Cruz(1970― )といった有力候補を退け、下馬評を覆して指名獲得。本選では、中部や南部の地方票、産業の疲弊したラストベルトの白人労働者層・中間層の票を取り込み、民主党候補ヒラリー・クリントンに勝利。建国以来初の、政治家歴・軍歴のいずれももたない大統領が誕生した。

 排外主義的姿勢が顕著であり、主要な選挙公約は、メキシコ中南米からの非正規移民や難民を減少させること、なかでもアメリカ・メキシコ国境の警備を強化することであった。そして、国境壁の建設予算をメキシコに負担させると主張。就任後には、国家非常事態を宣言し、議会による予算承認を回避して大統領令によって予算を確保するという異例の手法をとった。また、オバマ政権が発した、長期在住の非正規移民に一定の権利を認めるDACA(ダカ)(若年〈時〉移民に対する送還猶予措置)の撤回を発表したものの、これは最高裁判所により無効判決が下された。さらにイラスム系移民の入国を制限する大統領令をたびたび発した。

 国際関係においては、多国間の枠組みはアメリカの足かせであり、諸外国によってアメリカは不当に搾取されているという基本認識を示した。たとえば、日本を含む同盟国がアメリカに過度に依存しているとして海外米軍の縮小や駐留費の全面負担を唱えたのみならず、NATO(ナトー)(北大西洋条約機構)の意義自体に疑問を呈した。中東政策では、エルサレムイスラエルの首都と承認するとともに大使館を移転し、イスラエル寄りの姿勢を鮮明にした。さらに、2018年、イランによる核開発を制限するため同国と国連安保理常任理事国(米英仏中露)とドイツの6か国が2015年に結んだ合意から離脱し、独自制裁に踏み切った。またイスラエルと、アラブ首長国連邦をはじめとするアラブ4か国との和平を仲介した。北朝鮮に対しては、2018年に史上初の米朝首脳会談を行い「朝鮮半島の完全な非核化」への道筋をつくったと主張したものの、具体的な成果はあげていない。

 二国間の取引(ディール)や首脳交渉を好む姿勢は経済・貿易分野においても明確であった。世界貿易機関(WTO)に批判的であり、2017年、アメリカが主導してきた環太平洋経済連携協定(TPP)からの永久離脱を表明し、以後は二国間交渉に徹することを表明。また、TPP脱退とともに選挙公約に掲げたNAFTA北米自由貿易協定)の見直しを進め、より自由貿易の色合いの弱いUSMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ協定)が2020年に発効した。なかでも自動車産業における国内製造(原産地規則)を強化した点は、日系自動車企業の戦略にも大きな影響を与えた。また、地球温暖化現象を否定し、アメリカの経済活動を制約するとして、2020年、二酸化炭素削減のためのパリ協定から離脱。最大の貿易赤字を抱える中国に対しては、2018年以降、関税の大幅な引き上げを行い、中国による報復関税によって米中の貿易摩擦は一層激しくなった。

 内政面においては、30年ぶりの税制の改定を2017年に実施。最高税率35%であった法人税を一律21%に引き下げるなど、大企業に有利な制度改定であった。財政赤字が拡大した一方で、規制緩和も相まって、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)危機までは、経済は好調であり失業率も半世紀ぶりの低水準まで下がった。しかし、経済活動を優先する姿勢と科学軽視によってCOVID-19への初期対応を誤ったことは、感染の急拡大へとつながった。

 「アプレンティス」での決め台詞(ぜりふ)は「首だ!You're Fired」であったが、政権運営においても閣僚や高官の頻繁な交代が特徴的であり、13名の閣僚が更迭または辞任に至った。とりわけ、その外交・国防政策は、党を越えて歴代政権が踏襲した路線をしばしば踏み外したことから、閣僚・高官との意見対立が顕著となり、国務長官ティラーソンRex Wayne Tillerson(1952― )が更迭されたほか、国防長官のマティスJames Mattis(1950― )とエスパーMark T. Esper(1964― )、国家情報長官コーツDan Coats(1943― )に加えて3名の国家安全保障問題担当の補佐官が辞任した。そのほかにも司法長官やFBI長官などを更迭。他方、娘のイバンカIvanka Trump(1981― )、娘婿のジャレッド・クシュナーJared Kushner(1981― )を大統領補佐官や上級顧問に据えるなど、非上場の同族企業経営に通じる政権運営を行った。

 二度弾劾訴追された初の大統領である。1回目は、2020年選挙で対抗馬となることが目された民主党の元副大統領ジョー・バイデンとその息子がウクライナで関与した事業について捜査するよう、アメリカによる軍事支援を交渉材料に、ウクライナ政府に求めたと報じられたことによる(ウクライナ疑惑)。さらに、バイデンに敗北した後は、不正に勝利を奪われたと主張し、政権移行を拒否。選挙結果の承認日にトランプ支持者が連邦議会議事堂に乱入し、5名が死亡した。下院は、暴徒を扇動したとして2回目の弾劾訴追を決議。また、トランプが駆使してきたSNSを通じた呼びかけを重くみたツイッター社やフェイスブック社は、数年間トランプのアカウントを凍結することを決定した。

 任期を通じて支持率が50%を上回ることはなかった一方で、融和や対話を国民に促すよりも、敵と味方を分ける政治手法によって強固な支持層を固めた。アメリカ社会の分裂を象徴する大統領であり、その亀裂は4年間でさらに深まった。退任後も、その影響力を維持しており、2024年選挙への再出馬を目ざした政治活動が注目されている。

[小田悠生 2021年10月20日]

『森本あんり著『反知性主義――アメリカが生んだ「熱病」の正体』(2015・新潮社)』『マイケル・クラニッシュ、マーク・フィッシャー著、野中香方子他訳『トランプ』(2016・文藝春秋)』『会田弘継著『トランプ現象とアメリカ保守思想――崩れ落ちる理想国家』(2016・左右社)』『マイケル・ダントニオ著、高取芳彦・吉川南訳『熱狂の王 ドナルド・トランプ』(2016・クロスメディア・パブリッシング)』『金成隆一著『記者、ラストベルトに住む――トランプ王国、冷めぬ熱狂』(2018・朝日新聞出版)』『マイケル・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他訳『炎と怒り――トランプ政権の内幕』(2018・早川書房)』『ボブ・ウッドワード著、伏見威蕃訳『RAGE 怒り』(2020・日経BP日本経済新聞出版本部)』『金成隆一著『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』(岩波新書)』『久保文明・金成隆一著『アメリカ大統領選』(岩波新書)』『渡辺将人著『アメリカ政治の壁――利益と理念の狭間で』(岩波新書)』『渡辺靖著『白人ナショナリズム――アメリカを揺るがす「文化的反動」』(中公新書)』


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