テングチョウ(英語表記)Libythea celtis

改訂新版 世界大百科事典 「テングチョウ」の意味・わかりやすい解説

テングチョウ
Libythea celtis

鱗翅目テングチョウ科の昆虫。日本産の同科のチョウは本種のみ。特殊な横長の翅型をもち,開張は4~4.5cm。表面は濃褐色の地に朱色の紋があり,裏面は褐色で枯葉樹皮に似る。日本全国に産し,低山帯に多い。和名と米名のsnout butterflyは頭部の下唇鬚(かしんしゆ)が長く突出していることによる。成虫で越冬し,早春から活動する。雌はエノキの芽や新芽に2~3個ずつ白い俵型の卵を産む。幼虫は体は円筒形,突起も長い毛もない。4齢までは体は褐色,終齢になると緑色と褐色の型に分かれ,いずれも背側が明色,腹側が濃色である。小さい幼虫は共食い習性がある。幼虫は刺激を受けると葉から糸を引いて落下し,後にはって登る。さなぎは垂蛹(すいよう)で,葉裏に見られる。年1回,5~6月の発生と考えられていたが,暖地では7~8月に羽化した例もあり,南西諸島では秋に発生することもある。年1化の産地では初夏に羽化した成虫が越夏に入り,そのまま冬を越すが,どこに隠れているのかは不明。産地によっては大発生することがある。

 テングチョウ科Libytheidaeは原始的な群と考えられており,外国では化石の例もある。タテハチョウ科に近く,世界中に十数種しか知られていないが広く分布する。雄はタテハチョウのように4本脚(前脚退化),雌は6本脚である。成虫とさなぎはタテハチョウ的,幼虫はシロチョウ的という不思議なチョウである。

 熱帯アジアからオーストラリアにかけて分布するムラサキテングチョウL.geoffroyiは,雄が紫色に光るが雌はふつうのテングチョウのような斑紋をもつ。西表島迷チョウとして記録されている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「テングチョウ」の意味・わかりやすい解説

テングチョウ
てんぐちょう / 天狗蝶
snout butterfly
European beak
nettle-tree butterfly
[学] Libythea celtis

昆虫綱鱗翅(りんし)目テングチョウ科のチョウ。日本では北海道南西部より南西諸島にかけて広く分布するが、一般に多いチョウではない。しかし、場所によりその発生期には群生することがある。国外では朝鮮半島、中国、台湾よりヒマラヤ地方、ヨーロッパ南部、北アフリカにわたって分布する。はねの開張48ミリメートル内外。口器の一部である下唇鬚(かしんしゅ)は前方に長く飛び出し、テングチョウの名はこの特徴に由来する。日本産のテングチョウ科はこの1種のみ。日本本土では通常年1回の発生で、暖地では5月下旬ないし6月上旬より発生(寒冷地に向かうにつれて発生期は遅れる)、奄美(あまみ)諸島や沖縄本島では多化性。日本本土でも第2化が7、8月に出現することがある。幼虫の食草はエノキ、エゾエノキ、クワノハエノキなどニレ科のエノキ属。成虫態で冬を越す。

[白水 隆]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「テングチョウ」の意味・わかりやすい解説

テングチョウ
Libythea celtis

鱗翅目テングチョウ科。前翅長 25mm内外。翅形はややタテハチョウに似て外縁が角ばる。翅表は黒褐色で前後翅に橙赤色斑がある。裏面は褐色で雲状斑があり,雄では明瞭であるが雌では不明瞭。下唇枝が大きく前方に突出するのでその名がある。幼虫はエノキの葉を食べる。成虫は年1回,5~6月頃に羽化し,翌春まで休眠する。日本全土に産し,台湾,アジア,ヨーロッパ東南部に広く分布する。

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百科事典マイペディア 「テングチョウ」の意味・わかりやすい解説

テングチョウ

鱗翅(りんし)目テングチョウ科の1種。開張50mm内外。黒褐色地にだいだい色の紋がある。下唇(かしん)のひげが長く前方に突出するのでこの名がある。日本全土,朝鮮,中国,台湾からインドを経てヨーロッパ南部まで分布。幼虫はエノキの葉を食べ,成虫は6〜7月に発生,多くのものは間もなく休眠し,そのまま越冬する。

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世界大百科事典(旧版)内のテングチョウの言及

【チョウ(蝶)】より

…全世界に約3500種が知られている。(9)テングチョウ科 口吻を左右から包む下唇のひげが長くのびているところから日本ではテングと命名され,世界に約10種が知られていて分布はきわめて局地的である。第三紀の化石が2種発見されていて(北アメリカ),系統的には古いチョウである。…

※「テングチョウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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