チャシ(読み)ちゃし

デジタル大辞泉 「チャシ」の意味・読み・例文・類語

チャシ

アイヌ語》自然の地形を利用した原始的なとりで。丘陵の突端などに空堀をめぐらしたもの、また、土塁を築いたものなどがある。北海道東北地方サハリン(樺太)に遺構として残っている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「チャシ」の意味・わかりやすい解説

チャシ
ちゃし

アイヌ語で「柵(さく)」「囲い」「砦(とりで)」といった意味をもつ。北海道全道にわたって分布し、海岸や湖沼、河川に沿って、要害な地があれば、そのほとんどがチャシとよばれ、そこには人工の堀や土塁がみられるし、また伝承を伴うこともある。チャシの多くはこのように自然の地形を巧みに利用し、人工を加えた城砦(じょうさい)といえよう。

 釧路(くしろ)市内にあるモシリヤのチャシは、自然の独立丘陵の中腹に堀を巡らし、お供え餅(もち)のような形状をしている。松浦武四郎『久摺(くすり)日誌』(1858)には、オニシトムシという者が天から下ってきてアイヌの娘を妻とし、このチャシに住んだという伝承が記載されている。また、このチャシは難攻不落であって、幾度も敵に攻められたが一度も敗れたことがなかったという伝承もこの地方に残っている。

 日高の沙流(さる)川流域には、十数か所のチャシが分布している。平取(びらとり)町アベツのチャシは、急峻(きゅうしゅん)な山の頂上近くのわずかな面積の部分にあって、アイヌの宝物を埋めたという伝承がある。事実、鎧(よろい)の一部、柱穴、石畳などがみつかっている。その地形から城砦とは思えない。板倉源次郎『蝦夷(えぞ)随筆』(1739)に、アイヌが山中器物、兵具、鐔(つば)などを隠し置くという記事があることから、このチャシは一種の埋納場所、聖域といった意味をもつ場所であろう。沙流川の支流の額平(ぬかびら)川に突き出した独立丘陵にニオイチャシがある。長さ100メートル、幅50メートル、川からの高さ40メートルほどで、三面は急な崖(がけ)になり、頂上は上幅2メートル、深さ2メートルの堀によって二つの平坦(へいたん)面に区画されている。昔、十勝アイヌが侵入してきて、このチャシに火をかけ、戦闘が行われたという伝承がある。発掘調査の結果、伝承にあるように、平坦部分一面の火災の跡とともに、刀や鏃(やじり)が散乱した状態で発見された。また、崖ぎわに沿って柵列の跡がみいだされた。ユーカラ『虎杖丸(こじょうまる)』に、チャシの木柵列を美しく表現しているくだりがあるが、この柵列跡はまさにそのものである。ユーカラが文学作品としてだけではなく、歴史史料としても価値の高いものであることを示している。このチャシの年代は、チャシが樽前(たるまえ)岳の1667年(寛文7)噴火火山灰で直接覆われていること、また、鉄器陶磁器などの出土品の年代からして17世紀ごろと推定される。全道的にみてもチャシの年代はそれほど古くさかのぼらないと思われるが、アイヌ史あるいはわが国北方史にとって重要な遺跡である。

[櫻井清彦]

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改訂新版 世界大百科事典 「チャシ」の意味・わかりやすい解説

チャシ

砦,館,柵,柵囲いを意味するアイヌ語であるが,アイヌ神謡や祈詞のなかでは家を意味することもある。ふつうは,河川,海,湖沼に臨む丘陵の先端部や頂部に,円形,半円形,方形などの空壕で画された遺構をさす。北海道には,現在,約400基が確認されている。東北地方北部,サハリン,千島列島にも分布が知られている。一般的には,幅4~5m,深さ2~3mの1条の壕に囲まれた数百m2から1000m2ほどの広さのものが多いが,複数の壕をもつものも少なくなく,また数千m2を超える広さのものもある。アイヌの伝承や,江戸時代の探検家の見聞記によると,チャシは,蝦夷地に北進する和人との,あるいはアイヌどうしの,まれにウイルタを指すと思われるオロンコ人との戦いの砦としてつくられたという。しかし,実際には,伝承と戦闘の史実とが一致する例は少なく,防塞的機能をもつものもあるが,祭場,談合場,漁労・狩猟の見張り場的な使用を考える説が最近は強い。類似する遺構として,北方ユーラシアのゴロディシチェ,カムチャツカ半島のオストローグや,東北地方の(たて)があるが,これらとの関係はさだかでない。チャシの構築年代幅については,文献上からは16~18世紀,考古学的には初現がもう少しさかのぼるとする見方があるが,発掘調査例が少なく,いまだ有力な説はない。最近は,擦文(さつもん)文化とアイヌ文化の連続性を考えるうえから,チャシ文化期が提唱されている。
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百科事典マイペディア 「チャシ」の意味・わかりやすい解説

チャシ

チャシ(casi)はアイヌ語で家(チセ。cise)や集落(コタン)の周りに築いた柵,囲い,垣根,砦などを意味し,口承文芸のなかでは家をさす場合もある。立地的には,突出した台地の先端部(丘先式),川や海に面した崖上(面崖式),山や尾根の頂部(丘頂式),平坦地のなかの独立丘(孤島式)などを利用しており,それらの後背地側などに空堀をもつことが多い。北海道で約400基が確認されているほか,千島列島,サハリン(樺太),東北地方北部にも残存し,土器や石器を伴う例もあり,18世紀末ごろまで使用された記録がある。なお,北方ユーラシアのゴロディシチェやカムチャツカ半島のオストローグとその構造が類似することから,相互の文化的関連を想定する説もある。
→関連項目二風谷遺跡

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「チャシ」の解説

チャシ

北海道から千島・サハリンの各地にアイヌの人々がチャシとよぶところがある。それは川や湖・海などに面して突きでた,見通しのよい台地上などにあることが多く,溝や土塁で囲まれている。アイヌ同士の争いや倭人との争いの伝承をもったり,英雄の居館または祭祀の場であったりする。発掘調査によって,近世の陶磁器・漆器・鉄器などが発見されることが多い。チャシの起源や初現年代などは今後の研究課題であり,個々のチャシがアイヌ民族史のなかでどのような位置を占めていたかも明らかにされねばならない。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チャシ」の意味・わかりやすい解説

チャシ

アイヌの城塞。アイヌ語で囲い,砦 (とりで) ,山城,聖地などを意味する。多くの場合,海や川にのぞむ要害堅固な台地端に位置し,自然地形を利用し,堀や土塁をもって構築されている。北海道および千島,サハリンの一部に分布がみられ,アイヌの伝承のなかにしばしば現れる。その出土品,火山灰との対比からみて近世のものが多い。

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世界大百科事典(旧版)内のチャシの言及

【館】より

…1180年(治承4)に源頼朝が挙兵して襲撃した伊豆山木館の戦などは本格的な居館に対する攻城戦で,以後は居館と城郭がしばしば同義語として頻出する。 なお奥羽北部以北では,丘陵突端部に造築された砦を指す場合が多く,北海道ではアイヌ語でこれをチャシと呼んだ。城塞または土塁の意であって,古代朝鮮語のサシ(城)との関連が考えられるが,〈館〉との関係は未詳とされている。…

※「チャシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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