日本大百科全書(ニッポニカ) 「ダニ」の意味・わかりやすい解説
ダニ
だに / 蜱
壁蝨
ticks
mites
節足動物門クモ綱ダニ目Acariに属する動物の総称。シラミ、ノミ、トコジラミ(ナンキンムシ)などの昆虫とともに、嫌な虫の代表とされるが、ダニは昆虫ではない。一般に誤解されているが、人畜にたかって吸血するのは一部の種であって、大部分の種は無害であり、地球上のあらゆる場所に生息している。スコットランド東部の古生代デボン紀の地層から化石が発見されていることから推測すると、ダニ類は3億年前にはすでに地球上に出現していたことになる。英語ではマダニ類をticks、それ以外のダニをmitesとよぶ。
[青木淳一]
形態
体長はかなり幅があり、最小はホコリダニの0.13ミリメートルから最大はアメリカ産のケダニの一種や吸血後のマダニのように2センチメートルを超えるものまであるが、多くは0.4~0.7ミリメートルくらいである。体は卵円形で、頭、胸、腹が分割されておらず、4対の歩脚(ほきゃく)をもつ。触角、はね、複眼はない。一部のもの(マダニ、ハダニ、ケダニなど)は1対または2対の単眼をもつ。口器は1対の鋏角(きょうかく)と1対の触肢(しょくし)からなる。鋏角は昆虫の大あごのような役目をし、物を噛(か)み砕くためにあるが、大あごが左右に咬(か)み合うのに対し、鋏角は1個ずつが上下に咬み合う鋏(はさみ)の形をしている。植物の汁液を吸うハダニでは鋏角は針状に変形している。触肢は短い脚(あし)のような形で、ヤドリダニやケダニでよく発達する。食物を探ったり、鋏角の掃除をしたりするが、ツメダニの触肢のように獲物を挟んでとらえる働きをするものもある。歩脚の先端には1~3本のつめがある。ヤドリダニ類の第1脚は触角のような役目をし、先端につめがないことも多い。ミズダニの脚には長毛が並んで生じ、水中を泳ぐときに櫂(かい)の役目をする。
[青木淳一]
生活史
卵から出た幼虫は3対の歩脚をもち、若虫になると成虫と同じように4対の歩脚をもつ。例外としてフシダニ類は一生2対の歩脚しかもたない。若虫期の数はダニによって異なり、マダニでは若虫は1期、イエダニ、ハダニ、ケナガコナダニ、ヒゼンダニでは第1若虫と第2若虫の2期、テングダニ、ササラダニでは第1若虫、第2若虫、第3若虫の3期がある。ホコリダニでは若虫期がなく、幼虫が脱皮するとすぐ成虫になる。また、シラミダニでは母体からいきなり成虫が産まれ出てくる。生殖の方法には両性生殖と単為生殖がある。受精の方法は交尾によるもの(ハダニ、コナダニ)と、雄が精包を出し、これを鋏角につけて雌の体内に挿入するもの(ヤドリダニ、マダニ)や、雄が置いた精包を雌が拾って自分で体内に取り込むもの(ササラダニ、ケダニ)がある。1回の産卵数は1個から数個と少ないものが多いが、マダニや幼虫が寄生生活をするケダニでは数千個の卵を産むものがある。
[青木淳一]
すみ場所と食物
クモ綱に属する動物群はダニ目を除きすべて捕食性であるが、ダニ目だけは昆虫に劣らないほど適応放散が進み、さまざまな生活をしている。鳥獣や爬虫(はちゅう)類の体表に寄生するマダニ、ヒメダニ、ワクモ、トゲダニ、ウモウダニ、ヒゼンダニ、ツツガムシ(幼虫)。鳥の鼻腔(びこう)に寄生するハナダニ。哺乳(ほにゅう)類の肺に寄生するハイダニ、とくにコウモリに寄生するコウモリダニ。成虫は捕食性で幼虫時代に昆虫などの節足動物に寄生するケダニ、タカラダニ、ミズダニ。植物の汁液を吸うハダニ、フシダニ、ホコリダニ。植物体の上にいてハダニや小昆虫を捕食するハモリダニ、カブリダニ、マヨイダニ。球根につくネダニ。土壌中にすみ落ち葉などを食べるササラダニ。土壌中の小虫を捕食するアギトダニ、ハエダニ、ハシリダニ。貯蔵食品や畳に発生するコナダニ。室内の塵(ちり)中にすむチリダニ(ヒョウヒダニ)、それらを捕食するツメダニ。湖沼、川、地下水など水中に生活するミズダニ。海にすむウシオダニ、ウミノロダニなど、ダニがすんでいないところを探すほうがむずかしいほどである。
[青木淳一]
分類と種数
日本産のダニ目は、マダニ亜目、ヤドリダニ亜目、ケダニ亜目、コナダニ亜目、ササラダニ亜目の5亜目に分割される。これらは以前それぞれ後気門亜目、中気門亜目、前気門亜目(ケダニとホコリダニを含む)、無気門亜目、隠気門亜目とよばれていたものである。研究者によっては、これらの亜目を目に格上げして扱うこともある。地球上にはまだ名前もつけられていないダニがきわめて多くいることは確かで、いまのところ名前のつけられたダニは全世界で約5万種、日本で約2000種と考えられる。しかし、実際にはこの何倍かの種が生息しているものと考えられる。
[青木淳一]
人間生活との関係
ダニ全体からみれば一部にすぎないが、人間にとって害虫や益虫となるものもかなりある。人体寄生虫としてのダニにはマダニ類、イエダニ、ワクモ、ツツガムシ類などがあるが、これらはヒトだけに寄生するものではない。ヒト専門の寄生ダニはヒゼンダニとニキビダニの2種だけである。吸血性ダニのなかには伝染病の媒介者となるものもあり、医学上重要である。日本ではヒトのツツガムシ病を媒介するツツガムシ類、ライム病や家畜のピロプラズマ症を媒介するマダニ類などが知られている。野兎病(やとびょう)は、病気のノウサギを料理するときにヒトに感染することが多いが、マダニの吸血によって媒介されることもある。コナダニ類は吸血性はないが、家屋内に大発生してしばしば大問題になる。各種の貯蔵食品や畳に発生し、とくに梅雨(つゆ)明けや初秋のころに多くなる。穀類の倉庫ではときにシラミダニが大発生し、人体にひどい被害を与えることがある。室内のほこりの中にすむダニのうち、チリダニやその死体、脱皮殻などがアレルギー性気管支喘息(ぜんそく)やアトピー性皮膚炎の原因になることが判明した。ハダニ(俗称アカダニ)やフシダニは農作物、果樹、林木など栽培植物の害虫として知られる。一方、益虫としてのダニもあり、ハダニを捕食するカブリダニはハダニの重要な天敵であり、また生物農薬として利用されている。マヨイダニ、ハモリダニ、ナガヒシダニ、コハリダニなどもハダニの天敵とみなされる。ヒトの生活に直接の益はもたらさないが、土壌中に広く生息するササラダニ類は落ち葉や落枝など植物遺体を噛み砕いて食べ、生態系のなかで分解者としての役割を果たしている。ダニ全体を通じてみると、一部は有害であり、大部分は無害あるいは間接的に有益な虫であると考えてよい。
[青木淳一]
防除
種類も多く、生活もさまざまであるので、それぞれのダニに応じた対策が必要である。家屋の中に発生するダニに共通していえる防除法は、清潔と乾燥を心がけることで、畳や寝具はときどき日干しするのがよい。大発生時には薬剤散布をするよりしかたないが、発生しやすい環境をそのままにしておけば、また発生を繰り返す。勘違いされていることであるが、古い畳よりも新しい畳に発生しやすい。食料品に発生した場合は熱を加える(60℃を1分間で死ぬ)か乾燥させてダニを殺す。低温ではすぐには死なない。イエダニの場合はネズミの駆除が先決問題、ワクモやトリサシダニの場合は軒下や戸袋につくられた鳥の巣や鶏小屋に発生源がある。皮膚に食いついたマダニはアルコールをつけてそっと外すとよいが、数日以上経過してしまうと、取り除くのが困難になる。
[青木淳一]
『青木淳一著『ダニの話』(1968・北隆館)』▽『江原昭三・真梶徳純著『農業ダニ学』(1975・全国農村教育協会)』▽『佐々学・青木淳一編『ダニ学の進歩――その医学・農学・獣医学・生物学にわたる展望』(1977・北隆館)』▽『江原昭三編『日本ダニ類図鑑』(1980・全国農村教育協会)』▽『青木淳一著『ダニにまつわる話』(1996・筑摩書房)』▽『齊藤裕著『ミクロの社会生態学――ダニから動物社会を考える』(1999・京都大学学術出版会)』▽『青木淳一編『ダニの生物学』(2001・東京大学出版会)』▽『青木淳一著『自然の診断役 土ダニ』(NHKブックス)』