日本大百科全書(ニッポニカ) 「ダイダイ」の意味・わかりやすい解説
ダイダイ
だいだい / 橙
代代
sour orange
[学] Citrus aurantium L.
ミカン科(APG分類:ミカン科)の常緑低木。高さ5~6メートル。インド、ヒマラヤ地方原産で数種が知られる。寒さや暑さに強く、多雨にも耐え、樹勢は強健で、多くの品種は耐病虫性も強く、毎年よく結実する。果実は成熟しても落下しにくく、2~3年は枝についている。同一樹上に3回にわたって結実した果実をみることができるので「代代」の名がある。本種は西方と東方に伝播(でんぱ)し、西方ではサワーオレンジ、ブーケなどを分化し、またサワーオレンジの突然変異種といわれるシノットもあり、地中海地方に分布する。東方では揚子江(ようすこう/ヤンツーチヤン)流域に分布し、カイセイトウ(回青橙)、シュウトウ(臭橙)などを分化し、日本にも伝わった。
カイセイトウは狭義のダイダイで、肥厚した萼(がく)がありザダイダイ(座橙)ともいう。果実は球形で約150グラムあり、果皮は厚さ約8ミリメートル
で表面はざらつき、果肉は柔らかく多汁で、酸味が強く苦味を帯びる。種子は白くて多胚(はい)性。晩生(おくて)で初冬に緑色に色づき始め、熟すと濃橙(とう)色になる。しかし、晩春になるといわゆる回青現象をおこし、退色してふたたび緑色を帯びる。回青橙の名は、ここからついた。シュウトウはカボスともいい、果実は球形で約200グラム。果皮は厚さ約6ミリ、濃桃色でややざらつき、苦味がある。また特有の臭(にお)いがあり、臭橙の名はこれによる。果肉は柔らかく、多汁で酸味が強い。種子は30~40個、白くて多胚性。両種とも、関東地方以西の民家の庭先などに植えられる。
[飯塚宗夫 2020年10月16日]
利用
ダイダイの類はいずれも強健でよく育つため、地中海沿岸諸国では街路樹、庭木として利用する。サワーオレンジは欧米のオレンジ類などの台木とするが、柑橘(かんきつ)類に大きな被害を与えるトリステザウイルスに弱い。
[飯塚宗夫 2020年10月16日]
食品
果皮は厚く中身に密着し、袋は離れにくい。果汁は甘味が少なく酸味が強いので生食には適さない。しかし、汁を絞ったものはポンスとよび、風味がよいのでちり鍋(なべ)や水炊きなどのつけ汁に多く用いられる。果汁にはビタミンCが多い。果皮も香りがよいので刻んでマーマレードに利用する。食品の場合、回青橙(かいせいとう)より臭橙(しゅうとう)の品種のほうが優れている。
[河野友美 2020年10月16日]
薬用
果皮を乾燥したものを橙皮(とうひ)といい、リモネンを主とする精油、苦味質、ヘスペリジン、ビタミンA・B・Cなどを含み、食欲を増進する作用がある。このため、芳香性健胃剤として消化不良などの治療に用いられるほか、苦味チンキの原料の一つとされる。落下した未熟果実のうち薬用に供するものを欧米では未熟橙実(とうじつ)Aurantii Immaturi Fructusというが、漢方では未熟果実の小さいものを枳実(きじつ)、やや大きいものを枳殻(きこく)と称する。未熟なものほど苦味質が多く、苦味が強いので、消化を促進する作用はいっそう強力となるため、これらは苦味健胃剤として食滞(消化不良)、胃部のもたれ、胃痛、胸痛などの治療に用いられる。ナツミカン、温州(うんしゅう)ミカンなどの未熟な果実も枳実と称して同様に用いる。
[長沢元夫 2020年10月16日]
文化史
インドでは紀元前から知られ、中国では前2世紀編纂(へんさん)の『爾雅(じが)』に橙の名がみえる。『古事記』『日本書紀』に出る田道間守(たじまもり)が常世国(とこよのくに)から持ち帰った非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)は、橘(たちばな)が通説であるが、田中長三郎はダイダイをあてた。『万葉集』に安倍橘(あべたちばな)、『本草和名(ほんぞうわみょう)』に阿倍多知波奈(あへたちはな)、『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』にも安倍太知波奈と出る。ダイダイの名は江戸時代に広がったようで、『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(1713)には、「橙、俗に言う加布須(カフス)また言う太伊太伊」と出る。ダイダイの名は代々の意味で、果実が2年以上も木になっていることがあり、2、3代の果実がその年の果実に混じることにちなむ。そのため、「代々永続する」などの意に解釈し、縁起物として江戸時代から正月の飾り物に使った。カブスの語は、ダイダイの皮を蚊遣(かやり)に使った蚊薫(かふすべ)に由来したと考えられ、現在もダイダイの類のカボスに名が引き継がれている。果皮は漢方では芳香性健胃剤に、日本では江戸時代疝気(せんき)の薬に、ヨーロッパではマーマレードに使われた。酸味が強く生食できないが、果汁は酢として用いられ、ポンスとよばれる。その名は本来オランダ語で、ダイダイの搾り汁をいう。
[湯浅浩史 2020年10月16日]