セン(Amartya Sen)(読み)せん(英語表記)Amartya Sen

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

セン(Amartya Sen)
せん
Amartya Sen
(1933― )

アジアで初めてノーベル経済学賞を受賞したインドの経済・倫理学者。ベンガル州のシャンティニケタンに生まれる。少年時代に300万人の死者を出したベンガル大飢饉(ききん)に遭遇し、これが経済学を志すきっかけとなった。1953年にカルカッタ大学卒業後、イギリスのケンブリッジ大学で1959年に博士号を取得。ジャダプール大学、デリー大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス、オックスフォード大学ハーバード大学などの教授を歴任し、1998年からケンブリッジ大学トリニティカレッジ学寮長、2004年にハーバード大学に復帰する。貧困や福祉に関して経済学と倫理学の両面から研究し、道徳哲学としての経済学の樹立を目ざす。開発経済学の分野で豊かさを示す指標の作成などにも貢献した。1998年のノーベル賞受賞理由は「所得分配の不平等にかかわる理論や、貧困と飢餓に関する研究についての貢献」である。

 自他ともに認めているように、センの幅広い研究の出発点であり、核心をなすのが厚生経済学とK・J・アロー(1972年にノーベル経済学賞受賞)以来の社会的選択の理論であり、それらを他の分野にまで拡張・発展させ、厚生経済学を装いを新たに復権させた功績は大きい。経済学の主流である新古典派経済学への批判を展開し、厚生経済学の効率市場主義の限界を指摘する。経済学の倫理的側面を取り上げ、自由と権利を重視する福祉の経済学の礎(いしずえ)を築いた。おもな著書に1970年の『Collective Choice and Social Welfare』(『集合的選択と社会的厚生』)、1973年の『On Economic Inequality』(『不平等の経済学』)、1981年の『Poverty and Famines』(『貧困と飢饉』)がある。開発途上国の貧困に関する実証研究でも有名で、インド、バングラデシュ、エチオピアなどで現地調査を実施する。経済成長よりも人々の選択の自由度を重視する「潜在能力アプローチ」は国連開発計画(UNDP)の理論的支柱となり、途上国支援に多大な影響を与えている。2002年に、東京大学初の名誉博士号を贈られた。

[金子邦彦]

『志田基与師監訳『集合的選択と社会的厚生』(2000・勁草書房)』『鈴村興太郎・須賀晃一訳『不平等の経済学』(2000・東洋経済新報社)』『黒崎卓・山崎幸治訳『貧困と飢饉』(2000・岩波書店)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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