スロヴェニア(英語表記)Slovenia

翻訳|Slovenia

旺文社世界史事典 三訂版 「スロヴェニア」の解説

スロヴェニア
Slovenia

バルカン半島北西部に位置し,アルプス山脈に連なる共和国。首都リュブリャナ
【古代〜近代】6〜7世紀に南下した南スラヴ系のスロヴェニア人はこの地域に定住したが,8世紀にカトリックがもたらされ,その後フランク王国の治下で西欧文化圏にはいった。10世紀半ば東フランクのオットー1世の支配がこの地におよび,その後は神聖ローマ帝国に組み込まれた。13世紀後半からはオーストリアハプスブルク家統治されることとなった。18世紀後半,ヨーゼフ2世によってスロヴェニア語による教育が禁止されたが,1860年ころからスロヴェニア語を守る協会がつくられ,民族主義運動も開始された。
【20世紀の動向】第一次世界大戦後,オーストリア帝国の崩壊で,1918年12月セルビア−クロアティア−スロヴェニア(セルブ−クロアート−スロヴェーン)王国成立。この王国は1929年ユーゴスラヴィア王国と改称。第二次世界大戦後は,1945年成立のユーゴスラヴィア連邦人民共和国の構成国となった。この旧ユーゴスラヴィア時代,スロヴェニアは他の共和国より高い経済水準を維持していた。1989年9月連邦離脱権を明記したスロヴェニア共和国憲法改正案を採択。1990年4月の選挙で民族主義・独立派が政権を掌握し,91年6月連邦からの独立を宣言すると,連邦軍がスロヴェニアに侵攻して一時内戦状態となったが停戦が成立。10月独立発効を宣言,また連邦軍が撤退を完了。12月にドイツが独立を承認,次いで1992年1月ヨーロッパ共同体(EC)(現ヨーロッパ連合〈EU〉)も独立を承認。5月には国際連合に加盟。12月独立後初の大統領国会議員の選挙が実施され,1993年1月自由民主党など5党派による連立内閣が組織される。1996年11月の選挙で自由民主党が第1党を維持し,人民党などとの連立政権を発足させた。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

山川 世界史小辞典 改訂新版 「スロヴェニア」の解説

スロヴェニア
Slovenija

1991年に旧ユーゴスラヴィアから独立した共和国。首都はリュブリャナ。6世紀後半に南スラヴのスロヴェニア人が定住した。7世紀には現在のチェコを中心とするサモのスラヴ人国家の統治を受けた。サモの死後,ケルンテンに建国されたカランタニア公国の一部を形成。中世にみずからの国家を建国できなかったスロヴェニア人にとって,カランタニア公国は近代のスロヴェニア人のよりどころとされる。8世紀中頃にはフランク王国の支配を受けて,カール大帝の時代にカトリックを受容。10世紀中頃,スロヴェニア人居住地域は神聖ローマ帝国の支配を受け,さらにハプスブルク帝国の統治が1918年まで続き,ドイツ化が進行。1848年の革命時には,クライン,ケルンテン,シュタイエルマルクの3州にまたがるスロヴェニア人地域の統一と自治が初めて掲げられた。スロヴェニア人地域の大部分は1918年の南スラヴ統一国家ユーゴスラヴィア王国に統合されたが,イストリアとゴリツィアはイタリア領とされた。第二次世界大戦後,社会主義ユーゴスラヴィア連邦のもとで,両地域を含むスロヴェニアは経済的に最先進の共和国となる。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

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