スミス(Osborne Earl Smith)(読み)すみす(英語表記)Osborne Earl Smith

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

スミス(Osborne Earl Smith)
すみす
Osborne Earl Smith
(1954― )

アメリカのプロ野球選手(右投左右打)。大リーグ(メジャー・リーグ)のサンディエゴ・パドレスセントルイス・カージナルス遊撃手としてプレー。華奢(きゃしゃ)なスイッチ・ヒッターであるが、「オズの魔法使い」と異名をとったほどの好守備を誇った名遊撃手である。

 12月26日、アラバマ州モービルで生まれる。カル・ポリー・サン・ルイス・オビスポ大から1977年、ドラフト4巡目指名でパドレスに入団。抜群の守備力ですぐに頭角を現し、プロ入り2年目の1978年には開幕から大リーグでレギュラーの座を確保した。打率2割5分8厘、ホームラン1本、打点46と打撃成績は振るわなかったが、守備力に加えて盗塁40という機動力でチームに貢献した。1980年には初のゴールドグラブ賞を受賞。以降、13年連続して同賞を独占し続けた。また、1981年からはオールスター・ゲームの常連となり、92年まで12年連続して出場した。1982年にトレードでカージナルスへ移籍。守りと機動力を軸としていた名将ホワイティー・ハーゾグDorrel Norman Elvert Herzog(1931― )監督の野球に欠かせない存在となり、同年チームのワールド・シリーズ優勝に貢献した。1985年と87年にもリーグ優勝に貢献。1985年にはチャンピオンシップ・シリーズの第5戦でリーグ優勝に王手をかけるサヨナラホームランを打ち、87年は最初で最後の打率3割をマークした。ホームゲームやオールスター・ゲームでは、試合最初の守備につく際に後方宙返りを決めてファンを喜ばせた。1994年以降は出場試合が100以下に減り、96年の地区優勝を花道に引退した。

 19年間の通算成績は、出場試合2573、安打2460、打率2割6分2厘、本塁打28、打点793、盗塁580。獲得したおもなタイトルは、ゴールドグラブ賞13回。2002年に野球殿堂入り。

[山下 健]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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