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イギリスの批評家,伝記作家。エリザベス朝以来の名門の出身。ケンブリッジ大学在学当時の友人であるE.M.フォースター,J.M.ケインズらとともにいわゆるブルームズベリー・グループの一員であった。イギリスの伝記文学に新しい感受性を導き入れたことで知られているが,その方法は,第1次大戦後の価値観喪失という精神風土に根ざした鋭利で冷厳な批判の目で対象の偶像性をはぎとることにある。その題材にとり上げられた人物には《ビクトリア朝のお偉方》(1918)のF.ナイチンゲール,ゴードン将軍やビクトリア女王(《ビクトリア女王》1921)などがあるが,嘲笑を秘めた優雅な文体は,彼がフランスの古典劇,心理小説に精通していることから身につけた特徴だろう。伝記作品にはほかに《エリザベスとエセックス》(1928),《ささやかな肖像》(1931)があり,批評作品として,《フランス文学の道標》(1912)などがある。
執筆者:出淵 博
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…19世紀のイギリスでは,ロッカートの《スコット伝》,フォースターの《ディケンズ伝》,フルードの《カーライル伝》など,日記,手紙また身近な見聞を生かした傑作があいついで出て,伝記作家としてのカーライルも見落とせない。現代伝記の先頭を切ったのも,やはりイギリスのG.L.ストレーチーで,彼の鋭利な偶像破壊の切れ味と心理性は,伝記における一種の革命であり,A.モーロア,S.ツワイク,ルートウィヒE.Ludwigらを生み出す機縁をなした。その後も伝記作家は多士済々,とくにアメリカで幅広い調査力を生かした大著が目立つ。…
…名称はスティーブン家がロンドンのブルームズベリー街にあったことに由来する。メンバーは,姉妹のそれぞれ夫になるクライブ・ベル,レナード・ウルフをはじめ,J.M.ケインズ,リットン・ストレーチー,ロジャー・フライ,E.M.フォースターらで,美術評論家,政治評論家,経済学者,小説家など多分野にわたっているが,いずれも同世代でケンブリッジのトリニティ,キングズ両学寮で学んだ。そして当時の哲学教師G.E.ムーアの《倫理学原理》(1903)の中の〈最も価値あることは人の交わりの喜び,美しいものを享受すること〉という文句に影響されていた。…
※「ストレーチー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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