ステンレス鋼
すてんれすこう
stainless steel
クロムを12%以上含む鉄‐クロムおよび鉄‐クロム‐ニッケル合金。鉄にクロムを12%以上合金すると、常温の大気中で使用した場合、肉眼で見えるような錆(さび)をほとんど生じなくなる。ステンレス鋼は、その金属組織に基づいて、(1)マルテンサイト系、(2)フェライト系、(3)オーステナイト系、(4)オーステナイト‐フェライト系、(5)析出硬化系に分類されている。これらの各系統は用途に応じた組成の違いによりさらに細分化され、現在、JIS(ジス)(日本工業規格)に制定されているものだけでも68種に及ぶ。以下、各系統の特徴について述べる。
[杉本克久]
クロム含有量が12~15%で、かつ炭素含有量が0.15~1.20%と高く、高温からの焼入れによりマルテンサイト組織となる鉄‐クロム合金をさす。13%クロム鋼(炭素含有量約0.3%)が刃物用鋼として1913年にイギリスにおいて最初に実用化された。この系のステンレス鋼の特徴は、焼入れ、焼戻しによりきわめて高い硬さと強さとが得られることであるが、炭素含有量が高いことから、クロムがクロム炭化物として析出するため、耐食性は他の系のステンレス鋼に比べると劣る。そこで耐食性を改善するためにクロム含有量を17%程度にまで高めたものもつくられている。この系のステンレス鋼のおもな用途は刃物、食器、タービン翼、航空機部品、外科用器具、軸受、ゲージ類、工具類などであり、耐食性とともに高い機械的強度が要求されるところに使われている。
[杉本克久]
クロム含有量12~30%で、かつ炭素含有量が0.12%以下と低く、高温から焼入れしても硬化せず、フェライト組織を示す鉄‐クロム合金をさす。この系のステンレス鋼の耐食性はクロム含有量を増すほど高くなるが、30%クロムを超えるとσ(シグマ)相(クロム含有量約45%の鉄とクロムの金属間化合物)が析出するようになり、機械的性質が劣化するので30%クロム以上にはしない。σ相の生成は冷間加工やクロム以外のフェライト形成元素の添加によっても促進され、脆性(ぜいせい)をもたらすのでσ脆性とよばれている。そのほか、この系のステンレス鋼においては、400~540℃での長時間加熱によって常温の靭性(じんせい)が低下する475℃脆性と、1000℃以上での加熱により結晶粒が粗大化したときに生ずる高温脆性があるので注意を要する。この系のステンレス鋼は耐食性、加工性、靭性、溶接性などがオーステナイト系ステンレス鋼に比べて劣るので化学工業用装置材料などには適さないことが多いが、一般耐久消費財用としては十分な耐食性をもつので、18%クロム・ステンレス鋼が経済的な耐食材料として広く使用されている。
フェライト系ステンレス鋼の諸性質は、鋼中の不純物元素の種類と量により大きな影響を受ける。そのため、とくに有害な不純物元素である炭素と窒素の含有量を特殊な精錬法により低下させ、耐食性、靭性、溶接部の脆性などを改善した鋼が開発されている。炭素と窒素をあわせた量を0.01~0.03%以下にした鋼は高純度フェライト・ステンレス鋼とよばれている。高純度18%クロム‐2%モリブデン・ステンレス鋼は応力腐食割れ感受性がきわめて低く、かつ18‐8ステンレス鋼に匹敵する耐食性をもち、高価なニッケルを節約できることから、18‐8ステンレス鋼の代替材料としての需要が期待されている。また、高純度30%クロム‐2%モリブデン・ステンレス鋼はあらゆるステンレス鋼のなかで耐孔食性および耐応力腐食割れ性がもっとも高く、耐海水用材料として注目されている。
[杉本克久]
クロム含有量が16~26%、ニッケル含有量が8~22%、炭素含有量が普通0.08%以下で、常温でオーステナイト組織が安定な鉄‐クロム‐ニッケル合金をさす。高温から焼き入れても硬化せず、非磁性である。この系の代表的鋼種は18%クロム、8%ニッケルのいわゆる18‐8ステンレス鋼である。この鋼は耐食性、靭性、加工性、溶接性などがいずれも優れており、あらゆるステンレス鋼のなかの中心的存在になっている。この系の鋼はニッケルを含むことにより還元性環境中での耐食性も高くなっており、化学工業用の装置材料としても大量に使用されている。耐粒界腐食性を高めるため炭素含有量を0.03%以下にしたり、あるいはニオブまたはチタンを少量合金したもの、耐孔食性を高めるためモリブデンを2~3%合金したもの、切削性を高めるために硫黄(いおう)またはセレンを合金したもの、高価なニッケルを節約するためにニッケルの一部をマンガンで置き換えたものなど、いくつかの改良鋼種がつくられている。
[杉本克久]
クロム含有量を25%くらいに高め、ニッケル含有量を5%くらいに低めた鉄‐クロム‐ニッケル合金で、通常さらに2%程度のモリブデンが添加されている。常温でオーステナイト相とフェライト相が混在した組織を示すので、二相ステンレス鋼ともよばれている。オーステナイト相の割合は40~60%である。この系の鋼は機械的強度が大きく、また孔食、応力腐食割れ、粒界腐食のいずれに対する抵抗性も高いので、舶用コンデンサー管など海水環境で使用する装置の材料として使用されている。
[杉本克久]
この系の鋼は熱処理(焼きなましおよび焼戻し)により鋼の基地中に二次析出相を分散させ、高い機械的強度を得ていることが特徴である。析出硬化precipitation hardeningを利用しているという意味で、PHステンレス鋼ともよばれる。代表的なものは17‐7PHと17‐4PH(数字はそれぞれクロムおよびニッケルの%を表す)であり、前者ではアルミニウム‐ニッケル相が、また後者では銅に富んだ相が析出する。これらの鋼は、強度と耐食性の両方が同時に要求されるところに使用されている。
[杉本克久]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
ステンレス鋼
ステンレスコウ
stainless steel
鉄に12質量% 以上のCrを添加し,酸化性の環境下で不動態化しやすくして,耐食性を飛躍的に改善した一群の合金鋼.12質量% 以上のCrだけをおもな合金元素とする高Crステンレス鋼と,17質量% 以上のCrとともに7質量% 以上のNiを組み合わせた高Cr-Niステンレス鋼とに大別される.その組織から,前者は焼入れでマルテンサイトにすることのできる(1)マルテンサイト系ステンレス鋼(C 0.1質量% 以上,Cr 12~14質量%)と,つねにフェライト組織である(2)フェライト系ステンレス鋼(C 0.1質量% 以下,Cr 17質量% 以上)に分けられる.高Cr-Ni鋼は(3)オーステナイト系ステンレス鋼とよばれる.耐食性は(3)がもっともすぐれ,(1)がもっとも劣る.(1)はいわゆる13 Crステンレス鋼で,C量の多いものはマルテンサイト組織のまま刃物類に多用され,C量が0.1~0.2質量% の鋼は700 ℃ 付近に焼戻して強靭性を必要とする構造材や蒸気タービンの羽根などの耐熱鋼として用いられる.(2)の代表的なものは18 Crステンレスで,Cr量が増すほど耐食性は向上する.焼入れ硬化性はないかわりに加工性がよく,薄い板や細い管にすることができる.(3)はステンレス鋼全体の2/3以上を占め,18-8ステンレス(18質量% Cr-8質量% Ni)がその代表であるが,粒界腐食を防ぐためNbやTiを添加したもの,耐酸化性改善のためCrとNiを増やしたもの,耐酸性のためにMoやCuを添加したものなど,要求される性質に応じて多くの改良鋼種が開発され,使用されている.以上のほかに,析出硬化を利用して耐食性をあまり損なわずに強度を2~3倍に増加させ,200 kg mm-2 に達する引張強さを与えたPHステンレスもある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
ステンレス鋼
ステンレスこう
stainless steel
ステンレススチール,または単にステンレスともいう。不銹鋼 (ふしゅうこう) ともいうが,これはかつての日本海軍の呼称で,陸軍では常輝鋼といった。名のとおり錆びない合金鋼で,不銹性は高率添加のクロムが選択酸化 (→金属の腐食 ) して不働態皮膜をつくることによる。実用鋼種はクロム 12~26%,ニッケル0~22%と幅が広く,さらにモリブデン,チタン,ニオブ,タンタル,また高温耐食のためアルミニウム,銅を加えたものなど多種の規格がある。組織上から大別して,クロム単味のフェライト系,マルテンサイト系 (いわゆる 13クロムなど) と,ニッケルを付加したオーステナイト系,析出硬化系 (PHステンレス) に分れる。材質中の炭素はクロムと結合消費して不銹性を弱める悪作用があるので,多くは炭素を 0.15%以下とする。チタン,ニオブは炭素と結合して炭素の悪作用を減じる。マルテンサイト系は焼入れ硬化型の刃物・耐摩耗化学機械用で,炭素 0.6~1.2%の高炭素のものが数種あるが,これはクロムも 16~18%に増量する。ニッケルの付加は靭性を増すから加工性がよくなり,高温高圧化学工業用にはクロム 25%,ニッケル 20%の高率合金が用いられる。ステンレス鋼は熱処理の適否が耐食性に大きく影響する。熱伝導が悪いので焼入れ以外の加熱冷却は速くできないが,徐冷し過ぎると粒界腐食を起すことがある。焼鈍材は加工性がよいので加工製品として広く使われる。化学工業用の鋳鋼品種もあり,溶接もできる。全般に高温耐食性もよいが,600℃以上ではケイ素を数%添加した特殊ステンレス鋼が用いられる。なお,ステンレス鋼は熱中性子吸収が小なので,原子炉の核燃料被覆用ウラン複合材,および炉心部構造材として用途が広がっている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
百科事典マイペディア
「ステンレス鋼」の意味・わかりやすい解説
ステンレス鋼【ステンレスこう】
水中や大気中で容易にはさびず,酸その他の化学薬品に対してすぐれた耐食性をもつ合金鋼。不銹(ふしゅう)鋼ともいう。1913年イギリスで開発された。その耐食性は表面に形成されるごく薄い酸化膜がそれ以上のさびの進行を止めることによる。組織と組成から1.マルテンサイト系,2.フェライト系,3.オーステナイト系,4.オーステナイト‐フェライト2相系に分かれる。1.はクロムを12〜18%のほか炭素を0.10〜1.20%含み,焼入硬化が可能で耐食性と強靭(きようじん)性を合わせもつ。2.は炭素含有量の低い(0.20%以下)高クロム鋼で焼入硬化性はなく,柔軟性をもつ。1.2.の代表的な鋼種はクロムを13%前後含む13クロム鋼である。3.はオーステナイト組織になりやすいクロム13〜30%,ニッケル6〜20%,炭素0.10%以下の鋼で,耐食性に特にすぐれる。クロム18%,ニッケル8%の18-8ステンレス鋼が代表的。4.はクロム18〜30%,ニッケル6〜12%,炭素0.10%以下の鋼で,熱処理などで2相をほぼ半分にした耐食・加工性・高強度のもの。これらは建築,家庭用品,刃物,工具,化学装置,機械部品などに広く使用される。また特殊なステンレス鋼として,クロム‐ニッケル系のものにアルミニウム,銅,モリブデン,ニオブ,ホウ素などの1〜数種を少量添加した析出硬化形のものがある。
→関連項目生体適合材料|耐食合金
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
知恵蔵
「ステンレス鋼」の解説
ステンレス鋼
さびない鋼を意味する。クロムを主体にニッケルなどを添加した耐食性合金鋼の一種。クロムは表面に不動態化被膜(厚さ1〜5μm〈マイクロメートル〉の水和酸化物の膜)を作り、これが保護膜となって腐食を抑える。13%クロム鋼が代表例。オーステナイト系ステンレス鋼は、ニッケルや微量のモリブデン、銅を添加したもので、非酸化性環境や塩素イオンの存在下でも、極端な腐食環境を除き耐食性を持つ。特にクロム18%、ニッケル8%を含む18‐8ステンレス鋼は耐食性、展延性、強度とも優れ、家庭用品から化学プラントまで用途が広い。
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デジタル大辞泉
「ステンレス鋼」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
ステンレス鋼
鉄にクロム,ニッケルなどを加えて腐食しにくくした鋼.
出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報
ステンレスこう【ステンレス鋼 stainless steel】
鋼は加工性,溶接性,機械的性質などに優れた性質をもつが,大気中や水溶液中でさびやすいのが欠点である。これを改善するためクロムなどの合金元素を添加した鋼をステンレス鋼という。不銹(ふしゆう)鋼とも呼ばれる。一般的には普通炭素鋼などとくらべ耐食性は優れているが,まったくさびないという意味ではなく,ある環境におかれた場合には,局部的な腐食,たとえば孔食,すきま腐食,粒界腐食,応力腐食割れなどを起こす。ステンレス鋼の耐食性が優れているのは,その表面に形成されている不働態皮膜と呼ばれる酸化膜のためである。
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出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
世界大百科事典内のステンレス鋼の言及
【工具鋼】より
… 手工具に用いられる鋼(刃物鋼)は炭素量1%前後の過共析鋼と呼ばれる炭素鋼が主である。包丁,はさみ,かみそりなどには,しばしば,13クロムステンレス鋼や,これにモリブデンを添加した高級刃物用ステンレス鋼が使用される。包丁やはさみは切れ味が重要であり,そのために研ぐことが必要である。…
【耐食合金】より
…高温の腐食環境に対する耐食合金は一般に耐熱合金に含めるので,ここでは湿食に対する耐食合金について述べる。
[鉄系合金]
鉄系耐食合金としては低合金鋼,ステンレス鋼,耐食鋳鉄,アモルファス材料などがある。低合金鋼は腐食を止めることはできないが,少量の添加元素によってさび生成の機構が変化することによって耐食性を獲得する。…
※「ステンレス鋼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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