ジンプリチシムスの冒険(読み)ジンプリチシムスのぼうけん(英語表記)Der abenteuerliche Simplicissimus

改訂新版 世界大百科事典 「ジンプリチシムスの冒険」の意味・わかりやすい解説

ジンプリチシムスの冒険 (ジンプリチシムスのぼうけん)
Der abenteuerliche Simplicissimus

グリンメルスハウゼン作の小説。1669年刊。17世紀ドイツのいわゆるバロック小説のうちでスペイン源流とする悪者小説ピカレスク)の形式を模した民衆小説の代表的な作品。〈私〉としてここに登場する主人公ジンプリチシムスは貧しい百姓の子であったが,三十年戦争で襲って来た兵士たちのために家を焼かれ,父母からも離れて深い森のなかに逃げ込む。森で出会った老隠者は彼のよるべなさと無知をあわれみ,息子として養いつつ彼に神の道を教える。しかし隠者の死後,彼はふたたび世間に投げ出され,師が説いたのとはまったく逆の原理の支配する錯綜した世界のなかで,混乱し迷いを重ねながらも,さまざまの体験からしだいにここに生きてゆくすべを学ぶ。道化にされたり,兵士になったり,盗賊に落ちぶれたり,女たちの英雄になったり,狂人に仕えたり,良友を得て敬虔な巡礼になったり,好奇心旺盛な探検家となって空を飛んだり水にもぐったり,世界をかけめぐったり,およそ煩悩や運命の気まぐれにもてあそばれるまま,つぎつぎに存在の姿を変え,有為転変にもみぬかれたあげく,それにもかかわらず失われなかった心の純真さに救われて,人世無常の高い認識に達し,神に仕えるためにふたたび森に帰ってゆく。最初全5巻として完結したが,すぐのちにロビンソン物語を先取りした続編が付け加えられる。この作品は,冒険小説の枠組みによって編み直された人間存在のパノラマを与えようとするもので,三十年戦争時代のドイツという設定や主人公と作者との体験の相似は,読者の現実感を増すためのトリックにすぎない。作品に教養小説的統一を与えている世界観もまた,当時盛んに愛用された知識宝典からの借物であることは,作者みずからその統一を破壊しながら続編を積み重ねてゆく膨大な物語のエネルギーそのものによって証明されているように見える。
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百科事典マイペディア 「ジンプリチシムスの冒険」の意味・わかりやすい解説

ジンプリチシムスの冒険【ジンプリチシムスのぼうけん】

グリンメルスハウゼンの小説。1669年刊。《阿呆物語》とも。悪者小説の形式を模した民衆小説。三十年戦争のただなかに育つ貧しい百姓の子ジンプリチシムスSimplicissimusの自伝の形をとり,当時の世相を興味深くかつ批判的に描く。また続編はのちのロビンソン物語を先取りしている。

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世界大百科事典(旧版)内のジンプリチシムスの冒険の言及

【ドイツ文学】より

…演劇では,カルデロンの殉教劇の流れを汲んで,イエズス会演劇Jesuitendramaが盛んになり,近代劇の基礎となる舞台技術上の種々の試みがなされた。散文で異彩を放っているのは,スペインの悪者小説を受け継いだグリンメルスハウゼンの《ジンプリチシムスの冒険》である。このように外国の影響は圧倒的であったが,ブルボン朝のもとで古典主義が開花したフランスと,戦争の荒廃から立ち直れないドイツとの差はまたあまりにも大きかった。…

【バロック文学】より

…広く賛嘆され,ライプニッツも賞賛したウルリヒAnton Ulrich(1633‐1714)の《アラメナ》(1669‐73)は全5巻約3900ページである。それと対極をなす悪者小説の代表は,今日世界文学の傑作に数えられるグリンメルスハウゼンの《ジンプリチシムスの冒険》(1669)だが,同時代では文学とみなされず,世紀末にようやくその真価が認められた。こうしたところにもバロックの特殊性をみることができる。…

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