ジンバブエ・アフリカ人民同盟(読み)ジンバブエ・アフリカじんみんどうめい(英語表記)Zimbabwe African People's Union; ZAPU

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ジンバブエ・アフリカ人民同盟
ジンバブエ・アフリカじんみんどうめい
Zimbabwe African People's Union; ZAPU

1961年 12月 J.ンコモによって組織されたローデシア (現ジンバブエ) のアフリカ人解放組織。のちジンバブエの政党。少数白人支配が続くローデシアでの多数支配実現を目指し,創設当初は国連での活動を通じて国際世論を喚起し,62年には国連総会で 61年憲法停止,新たな制憲会議の招集,人種差別撤廃などを内容とするローデシア決議を採択させるといった成果を収めたが,宗主国イギリスがこれを無視したため直接の効果は生れなかった。 62年9月少数白人政府によって非合法化され,ダルエスサラームに本部を移して活動を続けた。 74年 12月ジンバブエ・アフリカ民族同盟 ZANUとともにアフリカ民族評議会 ANCに参加したが,組織は解散せず,また 76年 10月 ZANUムガベ派と愛国戦線 PFを結成したのちも組織としての形態は保った。かつては穏健派であった ZAPUも,モザンビークザンビアに基地をおいてゲリラ活動を展開するにいたった。 78年3月3日 I.スミス白人政権による黒人多数支配の合意 (ソールズベリー協定) ,79年4月 17~21日の操作された総選挙による黒人穏健政権 (A.ムゾレワ首相) の誕生,それに反対するイギリス連邦首脳会議の意を体したイギリス政府による全当事者会議 (ランカスターハウス会議) を経て,80年2月 27~29日自由総選挙が行われた。その結果ムガベ派が大勝し,ZAPUも 100議席中 20を獲得。同年4月 18日ジンバブエは正式に独立したが,ZAPUは 88年 ZANUに吸収合併された。 (→ローデシア問題 )  

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