ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ジャン」の意味・わかりやすい解説
ジャン
Jean
[没]2019.4.23.
ルクセンブルク大公(在位 1964~2000)。ルクセンブルク女大公シャルロットの第1子として生まれる。父はブルボン家の分枝であるブルボン・パルマ家のフェリーチェ(フェリックス)。第2次世界大戦中の 1940年5月,ドイツ軍がルクセンブルクに侵攻したため,大公一家は亡命を余儀なくされ,国外へ脱出した。1942年,ジャンはイギリス陸軍に志願し,カナダからイギリスへ移ってサンドハースト陸軍士官学校で教育を受けながら,近衛部隊の一つであるアイリッシュガーズに所属した。近衛兵はバッキンガム宮殿でイギリス王室の護衛にあたるため,家族がイギリス国王を訪問したときも,その後ろで任務につかなければならなかった。1943年少尉,1944年中尉に昇格し,同 1944年6月,イギリス陸軍の一員としてノルマンディー上陸作戦(→オーバーロード作戦)に参加。1944年9月にはアメリカ軍とともにルクセンブルクに向かい,ドイツ軍の一掃に加わった。1945年帰国。1953年元ベルギー国王レオポルド3世の娘ジョゼフィーヌ・シャルロットと結婚し,3男2女をもうけた。1961~64年皇太子としてシャルロット女大公の代理を務め,1964年11月シャルロットの生前退位によって跡を継ぎ,ルクセンブルク大公(元首)となった。2000年10月生前退位し,息子のアンリに譲位した。
ジャン
Jean,Raymond
フランスの作家,批評家。近現代文学を専攻。大学で教鞭をとる一方,マルキシズムの周辺で,政治参加と方法意識に裏打ちされた小説を書き続ける。『二つの春』 Les deux printemps (1971) ではパリの五月革命とプラハの春,『暗い泉』 La Fontaine obscure (74) では 17世紀の魔女裁判とスターリニズムの照応のなかで,政治と愛の物語を融合させた。ほかに小説『写真・思い出』 Photo-souvenir (80) ,『読書する女』 La Lectrice (86) ,評論『ネルバル』 Nerval (64) ,『文学の実践』 Pratique de la littérature (78) など。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報