シン・フェーン党(読み)シン・フェーンとう(英語表記)Sinn Féin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シン・フェーン党」の意味・わかりやすい解説

シン・フェーン党
シン・フェーンとう
Sinn Féin

アイルランド政党。1900年アーサー・グリフィスの呼びかけにより民族独立を目指す政治結社として結成された。その名称はゲール語(→スコットランド・ゲーリック語)で「われわれ自身だけで」の意味。自治法案を求める運動,政治,経済,社会,文化の各分野で具体的な自立政策を掲げて独立を志向。1913年にはアルスター義勇軍に対抗してダブリンでアイルランド義勇軍を創設,反イギリスの姿勢を示し,1916年4月24日の復活祭に,ジェームズ・コノリー指導の市民軍と協力してダブリンで反乱を起こし,1週間イギリス軍と戦って鎮圧された(→復活祭蜂起)。1918年の選挙大勝イギリス議会への出席を拒み,翌 1919年1月に国民議会(ダール・エーレン)を開いて独立を宣言。イギリスとの戦闘ののち,1921年12月6日のイギリス=アイルランド条約をめぐって,アイルランド共和軍 IRA,完全独立を主張するデ・バレラ派,グリフィスを中心とする穏健派などに分裂していった。その後も IRAは非合法化組織として残り,シン・フェーン党はその政治部門としての役割を続けた。しかし支持は先細りとなり,1982年のアイルランド議会選挙では 1議席も獲得できず,1986年の選挙は参加をボイコットした。1987年,政治綱領を修正し,カトリック系労働者の生活改善,イギリス軍撤退,アイルランドの全政党が参加する会議の開催を掲げた。1987年の選挙ではジェリー・アダムズ党首がイギリス議会の上院に当選するが辞退。その後もイギリス政府側と和平交渉が続いたが,1997年9月にシン・フェーン党を含む主要 8政党による和平交渉が開始され,1998年4月に包括和平合意聖金曜日の合意」が成立,翌 5月の住民投票で承認された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「シン・フェーン党」の意味・わかりやすい解説

シン・フェーン党【シンフェーンとう】

アイルランドの政党。Sinn Feinは〈われわれ自身〉の意。1905年A.グリフィスが英国からの民族独立をめざす政治結社として結成。1916年ダブリンにおけるイースター蜂起(ほうき)は失敗したが,これを契機に急激に発展。1918年の国会選挙に大勝,即時独立を主張して左派デ・バレラを指導者とする事実上の独立政府を樹立,アイルランド共和軍(IRA)を中心に武装抵抗を展開した。1921年英国ロイド・ジョージ内閣の休戦提案をめぐり左右に分裂,1922年アイルランド自由国成立後,共和党と統一党になった。 その後1970年北アイルランドで〈シン・フェーン党暫定派〉として復活し,IRAと連絡のある合法政党として活動している。なお,1970年に分裂した他方の〈正統派シン・フェーン〉は1977年〈シン・フェーン労働者党〉,1982年〈労働者党〉と改称,民主的社会主義共和国としてのアイルランド全島の独立を主張し今日に至る。
→関連項目アイルランド問題

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

青天の霹靂

《陸游「九月四日鶏未鳴起作」から。晴れ渡った空に突然起こる雷の意》急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。[補説]「晴天の霹靂」と書くのは誤り。[類語]突発的・発作的・反射的・突然・ひょっこり・...

青天の霹靂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android