シュトゥルート(読み)しゅとぅるーと(英語表記)Thomas Struth

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シュトゥルート」の意味・わかりやすい解説

シュトゥルート
しゅとぅるーと
Thomas Struth
(1954― )

ドイツの写真家。ドイツ北西部ゲルデルンに生まれる。1973年から80年までデュッセルドルフ美術アカデミーで学ぶ。当初絵画を専攻、画家ゲルハルト・リヒターGerhard Richter(1932― )に師事するが、次第に写真に関心をもつようになり、1976年に同校に赴任した写真家ベルント・ベッヒャーのクラスに移り写真を専攻する。78年同アカデミーの奨学金を受けニューヨーク滞在。同アカデミー卒業後、80年から82年、兵役に代わる民間役務に従事。93年から96年までカールスルーエ州立造形大学で写真学科教授を務める。97年ニーダーザクセン基金よりスペクトラム国際写真賞を受賞。1970年代末から欧米、日本など各地で開催された個展、グループ展で作品を発表するとともに、多くの写真集を刊行している。

 シュトゥルートの作品はいくつかのシリーズとして発表されてきた。写真に取り組みはじめた1970年代後半から80年代の半ばまで、主に都市の街路や建築をテーマとする「街路」のシリーズが展開され、80年代半ばには「肖像」シリーズが開始された。続いて80年代末には「美術館」シリーズ、90年代に入って「風景」「花」「寺院」などのシリーズが発表され、90年代末には亜熱帯原生林をテーマとする「パラダイス」のシリーズが開始された。

 シュトゥルート、トーマス・ルフ、アンドレアス・グルスキーらデュッセルドルフ美術アカデミーでベルント・ベッヒャーに学んだいわゆるベッヒャー派の写真家たちは、ベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻タイポロジー手法を用いた作品に通じる、主観性を排した透徹したビジョン外界に向ける写真作品で、80年代半ばからドイツのみならず国際的にも広く注目を集めるようになった。シュトゥルートの場合も、デュッセルドルフに始まりドイツ各地、留学先のアメリカ、80年代半ばに訪れた日本など、世界各地で撮影が重ねられた「街路」のシリーズでは、当初、同じような遠近法構図を取ることによって浮かび上がる文化的、歴史的差異を各地の街路に見いだしていくというタイポロジー的な手法が用いられていた。しかし「街路」シリーズの初期作品で設定された視点は撮影の進行に沿って少しずつ変化し、また後にカラー作品に移行し、作品サイズが大型化するなどその作品は単なる規範の反復を越えた展開をみせていく。

 撮影先の各地で知り合った人をモデルに撮影された「肖像」のシリーズも、常にモデルが正面からカメラを見据えたポーズで撮影されているが、いずれの場合も類型的な撮影というよりは、被写体となる人々との時間をかけた話し合いのうえに撮影される共同制作的な色合いの濃い作品群である。また「美術館」のシリーズは、美術館という現代において芸術作品が受容される場における、作品とそれを観る人々とのさまざまなレベルにおける対話を主題としている。このようにシュトゥルートの作品においては、常に写真というメディアを通じた他者や世界との対話が試みられている。「街路」のシリーズを「無意識の場所」と自ら呼んでいるように、それは街路や美術館や、あるいはカメラをはさんで向かい合う写真家と人々との間などに、普段は意識されないさまざまな相互作用の「場」を見いだし、それを観る者にも共有可能なかたちに作品化していく試みといえる。

[増田 玲]

『『トーマス・シュトゥルート――心象』(2000・淡交社)』『「トーマス・シュトゥルート――無意識の場所」(カタログ。1987・山口県立美術館)』『「トーマス・シュトゥルート――マイ・ポートレイト」(カタログ。2000・東京国立近代美術館)』『Unconscious Places (catalog, 1987, Westfalisches Landesmuseum für Kunst und Kulturgeschichte, Münster)』『Thomas Struth; Photographs (catalog, 1990, Renaissance Society at the University of Chicago, Chicago)』『Portraits (catalog, 1992, Krefelder Kunstmuseen, Krefeld)』『Museum Photographs (catalog, 1993, Schilmer/Mosel, München)』『Straßen (catalog, 1995, Wienand, Köln)』『Thomas Struth; Portraits (catalog, 1997, Schilmer/Mosel, München)』『Still (catalog, 1998, Schilmer/Mosel, München)』『Thomas Struth 1977-2002 (catalog, 2002, Dallas Museum of Art, Dallas)』

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