シャープレス(読み)しゃーぷれす(英語表記)K. Barry Sharpless

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シャープレス」の意味・わかりやすい解説

シャープレス
しゃーぷれす
K. Barry Sharpless
(1941― )

アメリカの化学者。ペンシルベニア州フィラデルフィアに医師の息子として生まれる。1959年ダートマス大学に入学。医学部への進学を目ざすが、有機化学の授業でその魅力に触れ、教授の勧めもあって化学を志すようになる。1963年にダートマス大学を卒業後、スタンフォード大学に進学、有機化学を専攻し1968年に博士号を取得。スタンフォード大学、ハーバード大学で博士研究員となり、1970年よりマサチューセッツ工科大学に勤務。1977年スタンフォード大学に移り、1980年マサチューセッツ工科大学に戻って有機化学の研究を続ける。1987年マサチューセッツ工科大学教授。1990年よりスクリプス研究所教授となる。

 1980年代に、互いに鏡像関係にある二つの分子のうち一方の分子のみを合成(不斉合成)する酸化反応の触媒を開発した。医薬品の合成においては、鏡像体間で生物活性が大きく異なることもあり、安全性の高い一方のみを効率よく合成できるこの研究成果は、多くの医薬品の工業的生産で用いられている。この業績により2001年のノーベル化学賞を、W・ノールズ野依良治(のよりりょうじ)とともに受賞した。

 シャープレスはノーベル賞を受賞した2001年に、分子どうしが「カチッ(英語ではclick)」とはまるシートベルトのバックルのように、簡単にすばやく結合する新たな合成手法を「クリックケミストリー」として提唱し、その要件を論文に発表。2002年には、結合させたい二つの分子の一方に「アジド(基)」、他方にアルキン(アルキニル基)」をつけ、さらに銅を触媒にすると、アジドとアルキンが結合して環状の化合物トリアゾールが形成される反応が飛躍的に加速され、シートベルトがはまるように分子どうしがカチッと結合(アジド-アルキン付加環化反応)する「クリックケミストリー」になるとの事実を発表した。

 まったく同じ現象をデンマーク・コペンハーゲン大学教授のモーテン・ペーター・メルダルも同時期に確認し、その成果を発表した。この反応は、多くの化学反応の要件となる高温高圧や、特殊な有機溶媒などの必要がなく、水中に混ぜておくだけで反応が起こる画期的なものだった。アジドとアルキンは構造が不安定であるが、これらが結合したトリアゾールは強固な共有結合を示し、安定する。これによって、管理がむずかしかった化学合成が容易となり、医薬品の候補物質の探索、繊維やプラスチック新材料の開発に利用されている。

 2001年ベンジャミン・フランクリン・メダル、ウルフ賞、2013年トムソン・ロイター引用栄誉賞を受賞。2022年に「クリックケミストリーと、それを生体内で起こさせる生体直交化学の開発」への貢献が評価され、前述のメルダルと、アメリカのスタンフォード大学教授キャロライン・ベルトッツィとともにノーベル化学賞を受賞した(2001年に次いで二度目の受賞)。

[玉村 治 2023年2月16日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シャープレス」の意味・わかりやすい解説

シャープレス
Sharpless, K. Barry

[生]1941.4.28. ペンシルバニア,フィラデルフィア
K.バリー・シャープレス。アメリカ合衆国の有機化学者。2001年「キラル触媒による不斉酸化反応の開発」によりウィリアム・S.ノールズ野依良治とともに,2022年「独創的な分子構築ツールの開発」によりモーテン・P.メルダル,キャロライン・R.ベルトッツィとともに,それぞれノーベル化学賞(→ノーベル賞)を共同受賞した。2度のノーベル賞受賞は史上 5人目。
1963年ダートマス大学卒業,1968年スタンフォード大学で博士号を取得。1970年からマサチューセッツ工科大学に勤務し,1990年からスクリップス研究所W.M.ケック研究室の化学教授を務める。構成する原子は同じでも左右の向きが異なる分子(光学異性体)のつくり分け(→不斉合成)の研究,特に左右の違いのある触媒(キラル触媒)による酸化反応の研究に取り組んだ。1980年に香月勗(かつきつとむ)とチタン触媒を使ったアリルアルコールの不斉エポキシ化反応に成功,さらに各種の不斉酸化反応を助ける触媒を開発した。この方法はさまざまな薬物などの合成に広く使われた。ウォルフ賞,ベンジャミンフランクリンメダルなど多数受賞。

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化学辞典 第2版 「シャープレス」の解説

シャープレス
シャープレス
Sharpless, K.Barry

アメリカの有機化学者.フィラデルフィアに生まれる.幼年期はクウェーカー教徒の学校に通い,1959年ダートマス・カレッジで化学と生物を専攻後,1968年スタンフォード大学でPh.D.を取得.マサチューセッツ工科大学,スタンフォード大学を経て,1990年よりカリフォルニア州南部La Jollaにある,アメリカ最大級の非営利研究所The Scripps Research InstituteのW.M.Keck化学教授.1980年代よりアリルアルコールの鏡像選択的エポキシ化を行うチタン触媒研究を開発した.これらは心臓病に用いられるベータ遮断薬原料の(R)-グリシドールを生産するのに利用されている.キラル触媒の不斉酸化反応の開発により,2001年ノーベル化学賞を受賞した.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

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