シダ(羊歯)植物(読み)しだしょくぶつ

改訂新版 世界大百科事典 「シダ(羊歯)植物」の意味・わかりやすい解説

シダ(羊歯)植物 (しだしょくぶつ)
Pteridophyta

維管束植物のうちで種子をもたないものの総称で,無種子維管束植物seedless vascular plantともいわれる。多系の維管束植物のうち,胞子植物段階にとどまっている群で,系統的なまとまりではないと考えられている。一般にシダ類といわれるものは真正シダ類fernで,シダ植物にはほかにマツバラン類psilotum,石松(せきしよう)類lycopod,トクサ類(有節類)horsetail(これらをひっくるめてfernalliesという)が含まれる。

種子をつくらない維管束植物はすべて,生活史のうちに,独立の生活を営む胞子体の世代(ふつうにみられるシダの体)と配偶体の世代(前葉体)をもち,それらが交互に現れる規則正しい世代交代を行っている。胞子が発芽すると配偶体になるが,シダ植物のうちの多くのものでは,心臓形をしてせいぜいmm単位の大きさの前葉体と呼ばれる構造をもっている。一部のものでは塊状になり,菌根性のものもある。配偶体には造卵器と造精器がつくられる。造卵器は頸卵器と呼ばれるもので,とっくり状をしており,卵細胞を1個つくる。造精器には精子を多数つくるが,精子の鞭毛は多数あるものと,コケと同じように2本のものとがある。配偶体は多くのシダ植物では雌雄同株であるが,イワヒバ類,ミズニラ類,水生シダ類などでは造卵器だけをつける雌性配偶体が大胞子から,造精器だけをつける雄性配偶体が小胞子からつくられる異型胞子性である。胞子体はマツバラン類のように根も葉も分化しないものもあるが,ほとんどのシダ植物では根・茎・葉が分化している。茎はいわゆる根茎となるものが多く,背腹性の構造をもつものと,らせん状に葉や根をつけるものとがある。中心柱は,原生中心柱と管状中心柱の両型がみられるが,多くのものでは網状中心柱となる。根は根茎の伸長につれて分出する不定根adventitious rootであり,根がなくなっているものもある。葉は大葉性のものが多いが,ヒカゲノカズラ類のように小葉性のものもある。葉には単葉のものから複羽状になるものまでいろいろの型があり,叉(さ)状に規則正しい分岐をするものもある。脈理は遊離脈のものと,いろいろなタイプの網状脈のものがある。葉には胞子囊がつくが,異型胞子性のものには雌性の大胞子囊と雄性の小胞子囊とに区別される。胞子囊内で減数分裂が行われて,核相が単相となった胞子がつくられる。卵と精子が合体すると核相は複相に戻るので,胞子体の世代は核相が複相で,配偶体の世代は単相であり,シダ植物では世代の交代は核相の交代を伴っている。

植物が陸上に進出してきたのは4億年以上も前のことである。陸上植物の始源型がどんなものであったかはまだ明らかにされていないが,緑藻類から進化してきたものであることはまちがいがない。コケ植物とシダ植物の系統関係にも諸説あるが,これらの植物群はそれぞれ独立に進化してきたのであろう。陸上に進出してきた植物のうち,胞子体が生活史の主相となり,茎に維管束をもつようになったのが維管束植物であり,それが種子を完成させたのは石炭紀以後だから,維管束植物の始源型はシダ植物であったことになる。最初の維管束植物は茎だけで,葉も根も分化していなかったようであるが,やがて根と葉を分化させてきた。このうち,根の系統分化についてはよくわかっていないが,葉のでき方については,テロム葉ともいわれる大葉と,隆起葉ともいわれる小葉とが,異なった系統分化の過程を経て形成されたということが,ほぼ完全に確かめられている。

 小葉性の植物は,始源型であるゾステロフィルム類から現生のヒカゲノカズラ属,イワヒバ属などに至るまで,主軸が単軸分岐をし,軸性の胞子囊をもつ点で共通の性質をもっていて,化石の証拠によってもまとまった系統群であることが関連づけられる。古生代に湿地帯に作られた大森林の主要な構成種には,この群の鱗木や蘆木などがあり,石炭の形で現在にまで当時の太陽エネルギーを残しているが,中生代以後にはあまり繁栄せず,現代では5属1000余種のものが生育しているにすぎない。

 大葉性の植物はすでに古生代のデボン紀のうちに,シダ類に至る系統のものとトクサ類とに分化し,さらに前者から,後に種子植物に進化していく原裸子植物も分化していた。トクサ類は茎の節と節の間が明りょうに分化し,節から楔葉(せつよう)と名付けられた特殊な葉を輪生させており,シダ類とはまったく別のものに進化してきた。古生代末にはよく発達したが,現世に生き残っているのはトクサ属だけで約15種に分類されている。

 シダ類のうちで,真囊性のものは古生代のうちに多様化し,そのうちで現在まで生き続けているのがリュウビンタイ類とハナヤスリ類である。現生のシダ類の大部分薄囊シダ類であるが,この仲間は中生代のジュラ紀以後に急速に分化してきたもので,発展してきたのは被子植物とほとんど同時代である。大型爬虫類が繁栄していた中生代をシダ植物の時代などということがあるが,このころには,裸子植物の一群であるシダ状種子植物(シダ種子類)が繁茂しており,薄囊性のシダ類はまだよく分化していなかった。

 ゼンマイ科は真囊シダから薄囊性のシダ類が分化してきた分岐点に位置する群で,二畳紀にはすでに出現していた。マトニア科やヤブレガサウラボシ科も,化石で古くまでさかのぼることのできる群である。

現生のシダ植物は約1万種ある。このうち,小葉性のものと大葉性のものは異なった系統群に属しており,大葉性のもののうち,真囊性のものには系統的につながりの認められないリュウビンタイの類とハナヤスリの類がある。薄囊シダ類のうちには,一つの胞子囊群ソーラスsorus)中の胞子がすべて同時に成熟するもの(斉熟),胞子囊托の基部から上部に向けて順番に成熟していくもの(順熟),それに一つのソーラスの中にさまざまの程度に成熟した胞子が混在するもの(混熟)の三つの型があり,この順に進化してきたものである。また,ソーラスの起源が,もともと葉縁である脈端にあるもの(縁生類)と,脈の背面につくもの(面生類)とは系統的に異なっている。このようなソーラスの性質のほか,維管束走行,葉面の構成と脈理,毛や鱗片など表皮起源の付属物の形状などの栄養器官の構造や,ソーラスの形状,包膜などのソーラスの保護をする構造などの特徴を手がかりにして,薄囊シダ類には30科余が認められるのが現状である。ごく普通の分類表の1例を表に示す。

シダ植物は地球上のおよそ植物の生育できるあらゆるところに分布しているが,種数が圧倒的に多いのは熱帯で,マレーシア地域はシダ植物が最もよく多様化しているところである。熱帯に多いのは,多湿で密林の発達した場所がシダ植物の生育にとって好適だからである。日本列島には500種ものシダ植物が生育しており,広大なアメリカに300種しか知られていないのと比べると,多湿な日本の気候がシダ植物に向いていることがよく理解できる。もちろん,シダ植物のうちにも乾燥に適応したものもあり,エビガラシダの類は日本では珍しいが,北アメリカでは多様に分化している。シダ植物の種によっては等温線に沿った分布をしているものもあるが,とくに雨量などの湿度に左右されるものも多い。

 シダ植物は胞子で分布域を広げるので,地史に規定される割合が低いといわれることがあるが,実際には分布域が極限されている種も多く,胞子が飛散しているわりには自由に分布域を広げているのではないようである。また,地上生のものが多いが,岩上生のものや着生のものもある。サンショウモアカウキクサのように水生になったものもあり,デンジソウやミズニラは湿生から水中生の生活型をもっている。着生のシダ植物には小型になったものが多く,生活形に伴った特殊化がみられる。また,岩上生のものには基質の岩石の種類に左右されるものがあり,イチョウシダやクロガネシダのように典型的な石灰岩植物が知られている。

ワラビ,ゼンマイ,ツクシなどが食用に供されるのは日本だけで,メシダ類やミズワラビなどを食べるところもある。クサソテツの若芽もコゴミといって日本では食べられるが,アメリカでも地方によって食用に供するところがあるようである。ワラビを食べると膀胱癌になるといわれるが,あく抜きをしたものは癌の原因となることはないという実験結果も出されている。ウラジロは正月の飾りに使われるし,コシダはマツタケを詰める籠には不可欠のものである。アジアンタム,シノブ,タマシダ,コタニワタリなどは観葉植物としてよく栽培されるし,オオタニワタリやイヌガンソクは生花の材料にされる。ヘゴの幹は薄い板にして,着生植物を育てるのに重宝される。カニクサの仲間の葉柄は東南アジアで,またタカワラビの葉柄基部は南アメリカで民芸品に活用される。ヒカゲノカズラの胞子は石松子(せきしようし)といって,丸薬を作るときに不可欠であったし,オシダの根茎はメンマといって駆虫薬とされた。民間薬として利用される例は世界の各地でいろいろある。
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シダ植物は花も種子もなしに増殖する不思議な植物であり,すでに古代ローマ時代から魔法の草とみなされていた。媚薬(びやく),脱毛症の治療薬として珍重され,食べれば未来のことを知る夢を見られるというので,一種の催眠剤ともなった。そのため花言葉は〈魔法〉〈夢想〉とされる。シダが特殊な生活形態をもつ理由について,アイルランドの伝承は,同国の守護聖人パトリックが毒蛇を誘い寄せるシダの性質を嫌って,花を咲かなくさせたためだと説明している。またイギリスの俗信では,シダは夏至の前夜に青い小さな花を開いてすぐに種子をつくり,真夜中にそれを地上に落とすといわれる。この種子は金色ないし橙色をしており,これを3粒手に入れればどんな動物をも自由に使役でき,身に着ければ透明な体になれるという。

 〈ローヤル・ファーンroyal fern〉の名をもつゼンマイはイギリスで〈クリストフォルスの草〉とも呼ばれる。キリストを肩に乗せて川を渡したと伝えられる聖人クリストフォルスの祝日(7月25日)ころに川辺で最も盛りとなるためだという。属名のOsmundaは,デーン人が侵入したときタイン川の船頭が娘のオズマンダを中洲のゼンマイの茂みに隠したという伝承に由来する。またこの茎を斜めに切れば切口にX字(キリストの頭文字)が表れるので魔除けになるとも信じられた。
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百科事典マイペディア 「シダ(羊歯)植物」の意味・わかりやすい解説

シダ(羊歯)植物【しだしょくぶつ】

種子植物などと同格の植物界の大部門の一つ。維管束植物のうち,種子ではなく胞子で繁殖し,系統学的には裸子植物コケ植物の間に存在。約1万種があり,マツバラン類,ヒカゲノカズラ類,トクサ類,シダ類(真正シダ類)に大別される。これらのうち,数において大部分を占めるシダ類では,植物体は根,茎,葉の3部分からなり,茎は地中,地上をはうかまたは直立する。葉はよく発達,大きさ,形,葉脈,毛の有無などは千差万別。胞子嚢群は多く葉の裏面にでき,胞子は地上に落ちて発芽,前葉体と呼ばれる小植物となる。これに雌雄の生殖器官が生じ,胚ができ,シダの幼植物となる。このように配偶体(前葉体)は胞子体(シダの生体)から離れて独立に生活。この点で,前者が後者に寄生する種子植物や,全くその反対のコケ類と大きく異なる。シダ植物は地質時代のデボン紀初期から出現。特に石炭紀にはよく栄え,鱗木(りんぼく),封印木など大型のヒカゲノカズラ類,トクサ類の化石が出土し,石炭の起源ともなっている。ワラビゼンマイなど食用とするほか,薬用(オシダ),繊維,細工物(ウラジロ),建材(ヘゴ,マルハチ),観賞用(アジアンタム)などとされる。
→関連項目隠花植物顕花植物シダ(羊歯)種子類

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世界大百科事典(旧版)内のシダ(羊歯)植物の言及

【植物】より

…現生種は約320属1万種。小葉植物,有節植物,シダ類植物を合わせてシダ植物という。無種子維管束植物というまとまりで認識されたもので,系統的な単位ではない。…

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