シキミ(読み)しきみ

改訂新版 世界大百科事典 「シキミ」の意味・わかりやすい解説

シキミ (樒)
Japanese anise-tree
Illicium anisatum L.

仏壇や墓に供えたり,葬式の花に最も普通に使われ,そのため単に〈花の木〉と呼ばれることも多い。シキミ科の2~15mの常緑の樹木。葉は互生し,全縁で先端は急に突出し鈍端。春に咲く花は淡黄緑白色。心皮は8個ほどで輪生し,多数のらせん配列するおしべに囲まれる。果実は袋果で,1個の黄土色光沢のある種子が入っている。全木に芳香がある。暖温帯,本州,四国,九州,琉球,朝鮮最南部に分布する。日本海側では3mくらいまでの小高木であることが多い。山取りしたものが仏事用に売られているため,最近になって絶滅した産地が多い。トウシキミI.verum Hook.f.(八角茴香(ういきよう)または大茴香)の果実は香辛料として有名で,欧米ではスター・アニスstar-aniseとして珍重されたが,よく似ているシキミとしばしば混同された。シキミは全木有毒で,果実はとくに毒性が強く,甘いが食べると死亡することすらある。殺虫剤としても使われる。材は有用で,緻密(ちみつ)で粘り強く,割れにくいといわれている。樹皮からは繊維が取れる。

シキミ科は広義のモクレン目に属し,シキミ属だけからなる単型科。約40種がヒマラヤ,東アジア,東南アジア,北アメリカ,中央アメリカに分布する。つぼみを覆う芽鱗から花弁までらせん配列し,その形態は連続的に変化して,くぎることができず,また最も原始的な道管,師管をもつことなどから原始的な科の一つとされる。
執筆者:

サカキ神事に使われるのに対し,シキミは花柴(はなしば),花榊(はなさかき)とも呼ばれ,仏前に供えたり棺に入れるなど,おもに仏事や葬式に用いられる。シキミは墓などによく植えられ,葉や樹皮からは抹香線香も作られる。しかし,平安中期の神楽歌の中に〈榊葉の香をかぐわしみ求めくれば……〉とあるように,シキミも古くは神事用の常盤木(ときわぎ)であるサカキの一つであって,神仏両用に使われ,独特の香りをもつために,香の木,香の花,香柴とも呼ばれた。中世に入ると,シキミはもっぱら仏事に使用されるようになったが,京都の愛宕(あたご)神社ではシキミを神木としており,また愛知県北設楽郡などでは門松にシキミを使うように,少数ながら仏事以外に用いる例もある。死者が出ると,一本花といってシキミを1本まくらもとに供える風があり,ふだんは一本花を忌む。また死水をとる際にも,シキミの葉に水をつけてとらせる。シキミは果実に毒があり,香りも強いため,新しい墓や山の畑に植えて,害獣の被害を防ぐことも行われる。墓に植えたシキミが芽を出し成長するのを,死者が冥界で幸福である印とみる所もある。このように,シキミは仏に供えるハナとして仏事や葬式に深い関連をもつため,縁起の悪い木とされ,屋敷に植えるのは嫌われている。そのほか,シキミは民間療法でも用いられ,いぼや眼病にはシキミを浸した水をつけ,船酔いよけにはシキミの葉をへそにのせるとよいという。シキミの木でてんびん棒を作ると肩が痛まないといい,病人の布団の下にシキミの枝を入れて置くと治るともいう。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「シキミ」の意味・わかりやすい解説

シキミ
しきみ / 樒
[学] Illicium anisatum L.

シキミ科(APG分類:マツブサ科)の常緑高木。高さ2~15メートル。葉は互生し、全縁で葉脈は見えにくい。3~4月、薄黄白色の花を開く。花弁、雄しべは多数が螺旋(らせん)状に配列し、雌しべは8本ほどが輪生する。果実は袋果で、おのおの1個の種子がある。本州から沖縄、および朝鮮半島南部に分布する。近縁種のダイウイキョウ(トウシキミ)の実は大茴香(だいういきょう)または八角茴香(はっかくういきょう)とよび、香辛料として有名であるが、シキミは全体が有毒で、とくに果実は甘いが食べると死亡することもあるので注意を要する。材は緻密(ちみつ)で割れにくく、さまざまな用途がある。シキミ科Illiciaceaeはシキミ属1属のみからなり、日本、および中国から東南アジア、北アメリカ東部、中央アメリカに約40種分布する。つぼみを覆う鱗片(りんぺん)から花弁まで、形が連続的に変化する点などから原始的被子植物と考えられる。APG分類ではシキミ科とマツブサ科は、マツブサ科としてまとめられている。

[植田邦彦 2018年7月20日]

民俗

花柴(はなしば)としてもっぱら仏前や墓前に供えられる。シキビともいうが、枝葉を切ると一種の香気が漂うのでコウノキ、コウノハナ、あるいは墓に供えられることが多いのでハカバナともいう。精油を含んだ葉は抹香や線香をつくるのに利用されるため、マッコウ、マッコウギ、マッコノキの名もある。材は木炭、薪、砂糖の樽(たる)材などに用いられ、褐色の光沢がある果実は、有毒であるが子供がままごとなどに使って遊ぶ。山口県の一部ではこの実を「おしゃり」(仏舎利(ぶっしゃり)の意)と称し、善良な人が死ぬと胸にこの形に似たものが残るという。

[井之口章次 2018年7月20日]


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百科事典マイペディア 「シキミ」の意味・わかりやすい解説

シキミ

関東〜沖縄,朝鮮南部の山地林中にはえるシキミ科の常緑小高木。芳香があり,葉は厚くなめらかで,長楕円形,両端はとがる。3〜4月,葉腋に径2cm内外の黄白色の花を開き,果実は星状で径2〜3cm。9〜10月に熟す。有毒植物でとくに果実は毒性が強い。枝を仏前に供え,葉から抹香(まっこう)・線香を作る。
→関連項目サカキ

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世界大百科事典(旧版)内のシキミの言及

【有毒植物】より

…プラトンは著書《ファイドン》にソクラテスの手足が冷えやがて心臓が麻痺して死にいたる情景を描写している。シキミに含まれるアニサチン,6月ころに紅紫色の美しい実をつけるドクウツギに含まれるコリアミルチンは,ともに中枢神経を興奮させはげしい痙攣をさそい呼吸困難による死を招く。ドクゼリに含まれるシクトキシンも同様の作用を発揮する。…

※「シキミ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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