シェリング(Thomas C. Schelling)(読み)しぇりんぐ(英語表記)Thomas Crombie Schelling

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

シェリング(Thomas C. Schelling)
しぇりんぐ
Thomas Crombie Schelling
(1921―2016)

アメリカの経済学者、政治学者。カリフォルニア州オークランド生まれ。1943年カリフォルニア大学バークリー校を卒業し、1951年にハーバード大学で経済学博士号を取得。ホワイトハウス勤務、エール大学教授、ハーバード大学教授を経て、1990年からメリーランド大学教授。利害対立する者(経済主体同士の駆け引きを数学的に分析するゲーム理論を、冷戦下の安全保障問題など社会科学のさまざまな領域に応用し、対立と協力の理解を深めた功績によって、2005年にR・J・オーマンとともにノーベル経済学賞を受賞した。

 ゲーム理論で1994年のノーベル経済学賞を受賞したナッシュらは、経済主体が合理的に行動するとして理論を構築した。シェリングはかならずしも合理的に行動しないこともあり得るとしたうえで、情報を取り込んだゲーム理論を発展させた。

 シェリングにとって、他者に対する言質や一般的な公約などによって自分を拘束し、実行することを意味する「コミットメント」の概念は重要であり、経済主体が意図的に手段を限定したり、自らの立場を悪くしたりする「戦略的コミットメント」(strategic commitments)が、最終的にかえって有利な結果をもたらしやすくなることを示した。1960年に、戦略研究の古典とされる『The Strategy of Conflict』(『紛争の戦略』)を出版し、ゲーム理論の概念や枠組みを用いて、戦略的意思決定の諸問題を解明した。

 たとえば東西冷戦下で核戦争の危機が叫ばれたとき、核の先制攻撃に対して自動的に反撃する機能を整えておけば、両者共倒れを避けるように行動し、かえって先制攻撃を避けられるとする。脅しの通告と交渉によって恐怖の均衡が実現し、このようなコミットメントによって核武装が核戦争抑止に役だつことを理論的に明らかにした。古代から経験的に知られている「背水の陣」が軍事外交、政治分野のみならず、貿易紛争の解決や経済政策の決定などにも有用であることを理論的に説明した。

 ケネディ政権時代にはアメリカ政府の諮問機関のトップに就き、アメリカ・ソ連首脳のホットライン創設を提言した。1993年に核戦争回避などに貢献したとして、アメリカ科学アカデミーの表彰を受けている。

 分離と融合の研究では人種、性別、年齢、所得などを対象にし、分離や差別の問題を均衡から他の均衡への移行現象としてとらえる。ミクロのわずかな動機の変化がマクロで大きな変化を生じさせて、安定状態に落ち着くとする。とりわけ人種差別に関する研究が著名であり、1971年の論文「Dynamic Models of Segregation」では、白人と黒人が隣同士で暮らしていても、いつのまにか白人が多く居住する地域と黒人が多く暮らす地域に分かれてしまう現象を、簡易なモデルで説明し、人種問題を扱う数多くの論文に引用されている。

[金子邦彦]

『河野勝監訳『紛争の戦略――ゲーム理論のエッセンス』(2008・勁草書房)』

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